ハンセン病の闘いの歴史に学びともに考えるBBS
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[2085] なぜか、削除されているので再掲。 投稿者:北風 投稿日:2010/02/24(Wed) 10:24  

半年前の記事です。コメントを追加しました。

Sent: Monday, July 27, 2009 9:41 AM
Subject: [shutoken:0182] 朝日新聞記事の問題性。

昨日(7月26日)の朝日新聞の2面だったかで、「冤罪」を防ぐために取調べ過程をビデオで取るなどの「取調べの可視化」についての記事があった。
その中で、検察庁の公判部長とか言う人物が可視化に反対して、要旨次のようなことを言っている。(手元に掲載紙が無いので記憶で書いているが、昨日のことなのでそう間違いは無いだろう)

かつて、極刑に値するような重要事件の被疑者の取調べに当たった。
黙秘していた被疑者だが、取調官が自分の生い立ちを語るなど被疑者と親身に接した結果、被疑者も自分のことを語り始め、幼少のころ母親に捨てられたことで世をすね、それが犯罪の遠因だったようだった。
それで、母親はそのころ「重篤」な病気にかかり、それが知れると「村八分」にされかねないので、後ろ髪をひかれる思いで幼子を置いて家を出たことを教えた。
被疑者は泣き崩れて、その後自供に転じた。調書には、被疑者の要望でそのことは触れず、裁判でも取り上げられることは無かった。

そういうことが可視化によって不可能になるので、可視化には反対ということであった。

病名は書いてないが、病気にかかった結果「村八分」を恐れて出奔しなければならないような病気は、ほかに無い。【明らかにハンセン病を匂わせている。】

その被疑者自体が「予防法」の犠牲者の一人といえなくも無い。法務官僚であれば「予防法」のもたらした「犯罪性」に自覚があってしかるべきだがまったくその気配は無いどころか、いたずらに興味本位の事例として挙げただけで、まったく不適切といわざるをえない。【法務官僚の人権意識については、一連の「小沢問題」で、もっと根深い病巣を抱えていることを実感した】

取調べの手法としては、「飴と鞭」の「飴」に過ぎず、「大岡越前」以来の古典的手法でまさにその手法が、冤罪事件を作り出してきた自覚も無い。【自覚はおろか、冤罪を積極的に製造している】

また事実であれば、情状酌量の要件になるはずなのに、被疑者の「要望」を理由に(当然、その意味もわかっていよう)被疑者の有利な材料を握りつぶしている。【これも、今となっては当然のことか】

これらの問題をはらんだ発言が、発言者はともかく新聞記者も問題と感じず、紙面に現れている。【同じ穴の狢】




[2084] Re:[2083] 良く解らない! 投稿者:北風 投稿日:2010/02/17(Wed) 12:33  


> 北風さんお知り合いですか?

カトリックの不良在日朝鮮人です(笑)。
ハンセン病にも関心があって、奄美と沖縄の療養所をたずねたようですね。

無作法ですが悪いやつではありません。
ただし場所柄をわきまえないので、うるさいです。
係わり合いにならないほうがいいでしょう。







[2083] 良く解らない! 投稿者:ルリカケス 投稿日:2010/02/17(Wed) 12:18  

ユン氏の事が良く解らない!

北風さんお知り合いですか?


[2082] この掲示板のウォッチャーも。 投稿者:北風 投稿日:2010/02/17(Wed) 09:02  


変なのが現れて戸惑っているだろう。

「ユン」君は「トンビ」と並ぶ著名な掲示板難民です。




[2081] なんとまぁ・・・ 投稿者:通信社 投稿日:2010/02/17(Wed) 01:27  

ユン氏の売文とやらは、ひどい文章ですなぁ。
これが売れるとは思えん。

この原稿を買うのは、どこの通信社かね?




[2080] ほれ、これも売文。こちらは奄美。奄美はカトリックが全国平均の6倍。異様に宣教が成功しておりましたがうむ 投稿者:ユン 投稿日:2010/02/16(Tue) 20:55  

奄美の福祉の父・ジェローム神父の夢を今も追う
シスター・大水スエ子 白百合の寮施設長
平奈々恵 白百合の寮保育士

リード 奄美の福祉の父。そう呼ばれたジェローム神父がいた。当時、ハンセン氏病施設で堕胎が横行していた。断種も合法だった。コンベンツアル会のジェローム神父はハンセン氏病が伝染病という偏見に屈さずに、元患者のご夫婦の子供がある年齢に達すると白百合の寮が引取り、他の子供たちと育て上げた。
本文 「カトリックの教えは堕胎を許しません」。鹿児島県奄美市名瀬の児童養護施設・カリタスの園「白百合の寮」のシスター・大水スエ子施設長(#)は、施設内にいた元患者の子供さんたちに対する神学的根拠をさらりと述べる。「家庭に恵まれなかった子供さん、貧しい老人など社会的に弱い人のために働くことが私たちの使命です」 
大水シスターの生まれは長崎県平戸市。父親は五島の出。母親は黒島の隠れキリシタン。教会に回ってきたシスターにスカウトされて、修練者となる。召命は中学三年の二学期だった。奄美の地に赴任してきたのは4年前。現在は78定員に76人の0歳児から18歳までの子供たちの霊的母になっている。
カリタス園の前身は、イタリアから来たアントニオ・カヴォリ神父とヴィンチェンツォ・チマッティ神父ら9名のサレジオ会宣教師団が、作った老人や子どもたちのための総合福祉施設「救護院」である。1937年、宮崎にアントニオ・カヴォリ神父が作った宮崎カリタス修道女会にいる日本人シスターの数は500人少々。韓国、ドイツ、イタリア、ブラジル、ボリビアなど世界各地に日本人シスターは派遣されている。昨年、11月にはイエスのカリタス修道女会と改名。二年前に本部がローマに移転された。
近代医学はハンセン病を克服した。しかし、愛の不在は永遠に残るのか。シスター大水は施設内にいる子供さんたちを生んだ社会背景をこう説明する。「いろんな形で入所するようになっておりますが、最近、とくに目につくのが児童虐待です。現代の歪みがそこにあります」。母親が虐待する例もある。必ずしも家の貧困とは関係なく、親御さんが精神疾患に罹り、子育てができなくなった悲劇もある。人情あふれる奄美人の土地柄か、入所者は奄美高校、奄美工業、奄美北高校などに進学し、卒業後、県外各地での就職探しにそれほど苦労はしていないという。「九電工に入社して博多にいった子もいますし、調理師になりたいという夢を持って地元の専門学校に通う子もいます」
 大水シスターの修道会でも召命者が減っている。その結果、修道会に入っても、途中挫折する修練者の割合が高くなった。大水シスターは高齢化した日本の宣教者の実態を分析するが、信徒スタッフの協力も得て、ドン・ボスコの教えを奄美大島の地で実践する。
 その一人が敬虔なカトリック家庭で育てられた平奈々恵さん(33)である。名瀬生まれの六人兄弟の一人。平さんの担当は、20人程度の小学生高学年と中学生。仕事と結婚したのですか。少し意地悪な質問も明るい笑顔で交わす平さんの協力も得て、その他の全職員とともに、奄美の地の塩たらんとするシスター・大水スエ子のご献身は多くの祈りに支えられて続く。





[2077] 国からもらったお金をインドの孤児院に送ってもいいらしいが 投稿者:ユン 投稿日:2010/02/16(Tue) 12:02  

ところで、カトリック関係者が国賠に参加したケースはほんとど聞かない。南方の某地で元患者の本音を聞くと、「賠償金が有意義につかえるのならば、請求したい」という。あれはどうすれば、請求できるんだろうか。弁護士を通さないと無理なんだろうか。いい弁護にお願いする気はあるみたいですが、南方は弁護士が少ない。さらに意外に高いらしい。1200万円で経費を含めて300万円以上持っていた例も関東ではあったというが、本当なんだろうか?



[2076] 売文の流れだが、北風オヤジと李はいつになったら改心するのか 投稿者:ユン 投稿日:2010/02/13(Sat) 20:54  

沖縄から人類愛を訴え続ける師弟 
ラサール・パーソンズ司祭 久保田富雄助祭
ラサール神父がカプチン会の司祭として来日したころ、沖縄中部の普天間近くの地上は、サンゴの破片だらけで真っ白だった。米軍の艦砲射撃の爪あとだった。その日から半世紀が過ぎ、沖縄の弟子は終身助祭になった。


「安い不定期便に乗り、ニューヨークを出て、サンフランシスコに降りましてね。そこで遅れて深夜に離陸し、ハワイなどを経由して沖縄にたどり着いたのは1958年の9月でした」。
太平洋を越えた日を懐かしむラサール・パーソンズ神父(79)は、広島・長崎への原爆投下こそが米軍の人道に対する罪という。出自はアイルランド系アメリカ人。アイルランドの文化をアメリカで生きた実体験からも、日本国と沖縄人の関係を理解してきた。「アイルランド系は皮肉屋が多い。同じように沖縄人はヤマトンチュ−(本土の人々)とは違います」。20万人以上の死者を出した沖縄戦が終結すると、沖縄には残ったカトリックは二家族だけ。ニューヨークの教会で沖縄に寄付を募った。信徒の中に沖縄戦参加者がいた。その信徒から戦争体験を聞かされた。首里に突入した瞬間、路上に倒れた沖縄人の老婆の死体が見えた。電信柱に張り尽く日本人狙撃兵を発見。即座に射殺したと事もなげにいったという。「仲間の死はショックでしたが、敵の死はなんともない。日本兵の心理も同じでした。それが戦争です。戦争だけはしてはいけません」
ラサール神父の語り口は、英語を教えていた琉球大学の学生を魅了し、カト研参加者を増やした。カトリック学生寮の名物舎監でもあった。信仰を見失った者への助言は「信仰は今日から始まります」。
久保田富雄助祭(69)は、琉球大学で英語学を専攻。公教要理を学び、ラサール神父から受洗。大学卒業後、ミズーリ州のイエズス会系セントルイス大学で教育学を専攻した。米国政府の奨学金は毎月300ドル。節約し、100ドルで生活し、フィアンセを呼び寄せ、すぐに結婚。そして二人とも修士号をとった。1972年に二人は帰国。38年間の教員生活をした後、押川司教と全司祭の教えを受けた。福岡の大神学校でも講義に出た。熊本のフランコ神父、大司教になる以前の高見神父からも霊的指導を授かった。2002年2月21日に終身助祭になった。
奥さんは今、沖縄カトリック小学校の校長をしている。「子供は5人います。4人は医者になりましたが、3番目の子は知恵遅れです」。自然体でご家族のハンディを語る久保田助祭のモットーは「信徒の喜びになる助祭になること」。 
愛と平和。ラサール神父と久保田助祭は、憲法9条とカトリシズムの理念で結ばれている。グアムで日本兵に拘束され、神戸の外人収容所に移送されながらも、戦後、沖縄各地に教会を建てたレイ初代那覇教区司教の宣教者魂を両師はたたえる。




[2075] 施設の写真ですが 投稿者:ユン  投稿日:2010/02/12(Fri) 14:51  

http://album.yahoo.co.jp/photos/my/

このアルバムの中の「教会荒らし」と題したものの8ページか7ページに施設の中の元患者さんと教会が写っておりますが、ほかの写真もお楽しみあれ。


[2074] ま、北風親父の取調べには可視化はいらんが、 投稿者:ユン  投稿日:2010/02/12(Fri) 14:45  

 北風サイトからアクセス禁止になり、その後、日本各地を転々としておりました。自転車に乗って。わはははははは。
 奄美と沖縄で教会荒らしをしてきてきましたが、それぞれの島にハンセン病元患者の施設がありました。いずれも訪問しました。
 沖縄の場合は、アメリカの医者がハワイで教派別に根が深いいさかいになるケースを目撃して、施設内には独立したカトリック教会を長い間作らせなかったそうです。
 この医者はたぶんユダヤ系。ナチスから逃げてアメリカに亡命。戦後、沖縄に赴任。それなりに知恵者だったと思いますが、最終的には、元患者のリーダーが出て、園内で相当多く信徒を作ったそうです。
 教会の中で信徒の元患者の皆さんと少し対談。みないい人でした。すべての苦を経験した光の人でした。
 ま、北風オヤジも次は南方はどうじゃ?宿と飯は教会が面倒を見るように現地でおいらが頼んでもいいが、酒も自腹じゃな。本も売れよ、バンバン。


[2072] 以前、取調の可視化に反対する。 投稿者:北風 投稿日:2010/02/06(Sat) 20:11  

以前、取調の可視化に反対する、検察の公判部長(?)だかの談話に関し、その人権意識と批判もなしに紙面に登場させるマスコミの人権意識に対し疑問を呈したが、この間の小沢と検察の問題を見ていて、腑に落ちた。

記事の概要は、以前、極刑に相当するような重要事件を担当した。その被疑者は頑として否認していたが、検察官が親身に対応した結果、雑談に応じるようになった。彼が拗ねて悪の道に足を踏み入れたのは、幼少時に母親が彼を捨てて家を出てしまった事が原因のようだった。調査の結果、母親はそのころ重篤な病気にかかりそのことが知れると、家族までが村八分になる。それで母親は、幼い彼を残して後ろ髪を引かれる思いで泣く泣く家を出た。
そのことを被疑者に話すと泣き伏して、一転自供に転じた。取り調べが可視化かされるとこのようなことが不可能になる。したがって反対だということだった。

「世間」に知れると村八分になる重篤な病というと、ハンセン病を匂わせているのだろう。ハンセン病に対するこの検事の認識については措くとしても、可視化反対の事例に持ち出すのはきわめて不適切であるし、新聞も無批判に掲載すべきではなかろう。

しかし、今回の特高まがいの異常な捜査と、戦前を思わせる大本営発表の垂れ流しを目の当たりにすると、検察の人権意識の欠陥とマスコミの検察迎合は、まさに構造的であって、これはその一例に過ぎないことがよくわかった。この国の検察とマスコミには、人権意識の欠落はおろかさらに深い病巣を抱えている。
やはり、あの時点で誰からもどこからも問題にする声が上がらなかったことに、事態の深刻さを感じる。市民学会も弁護団もそのほか「関係者」は、何も問題を感じなかったのだろうか。

何気ない事実からも、注意深く観察すれば本質が見える一例だったんだな。やはり。





[2071] というよりも 投稿者:ET 投稿日:2010/02/01(Mon) 09:50  

>また、希少難病の会との問題の総括抜きに、保育園誘致といっても「共感」しにくい。

というよりも;
どこかの時点から、経済闘争でやってきた「運動」のあり様の、総括抜きには、といったほうがよくない?


[2070] Re:[2068] こういうことは。 投稿者:ルリカケス 投稿日:2010/01/31(Sun) 22:57  


> 「基本法」制定時に想定できなかったのか?
> 市民や当事者による議論も、国会での審議も抜きに大急ぎで形ばかりをつけたツケが回ってきたような気がする

全く同感です。

それにマスコミも責任あるのでは、ないでしょうか?
今回の和光園の記事で、新聞社2社に抗議致しました。

すこしまともな記事を書きなさいと?何も調べないで、上面で書いてもらったら、困ります。

で!改めて、ハンセン病基本法て何ですか?予算もついてないし、理解できないです。


[2068] こういうことは。 投稿者:北風 投稿日:2010/01/31(Sun) 10:53  


「基本法」制定時に想定できなかったのか?
市民や当事者による議論も、国会での審議も抜きに大急ぎで形ばかりをつけたツケが回ってきたような気がする。

また、希少難病の会との問題の総括抜きに、保育園誘致といっても「共感」しにくい。




[2067] 追伸 投稿者:ET 投稿日:2010/01/28(Thu) 20:10  

↓の投稿、本文なしになってごめんなさい。(勝手にお手手が「投稿する」を押してしまった!)

ルリカケスさんの掲示板
http://6322.teacup.com/takaamami/bbs

1春28日投稿記事に、多磨全生園の保育園誘致へ取り組みに関する記事。


[2066] 敷地無償貸与訴え 投稿者:ET 投稿日:2010/01/28(Thu) 20:03  

ルリカケスさんの掲示板


[2064] 納骨 投稿者:北風 投稿日:2010/01/12(Tue) 16:06  


1993年夏の村松武司の死から、17年あまりたった。
昨日、夫人の納骨を八柱霊園で済ませた。
一人息子のSと話して、村松の資料を3年間預かることにした。
無駄になるかもしれないという条件付である。



[2063] 無題 投稿者:ET 投稿日:2010/01/07(Thu) 09:06  

http://www.hansen-dis.jp/tayori/pdf/no66.pdf
「資料館だより」第66号より;

「ハンセン病政策と資料保存 日本とノルウェーのシンポジウム」
【会場】国立ハンセン病資料館映像ホール
【日時】2010年1月21日(木)13:00-16:30
参加費:無料、150名まで


[2062] めでたさも 投稿者:北風 投稿日:2010/01/04(Mon) 17:25  


ちゅうくらいなり おらが春

中くらいならまだいいってもんで、なんともな正月です。
もっとも、夜明け前が最も暗いといいますから、がんばって年を越してみました。

さてどうなるか。



[2061] 無題 投稿者:ET 投稿日:2010/01/03(Sun) 21:54  

>「暗黒の60年、グレーゾーンの30年、
>わずかに明るい光が見えた10年」
>多磨全生園創立100周年記念式典

↑は、「首都圏市民の会」サイトからの引用。タイトルは、入所者の言葉からつけたものだそうです。

当事者自身は“闘いの100年”とは言っておられない。人によって捉え方、感じ方は異なるにしても、[2049]に紹介されている記事にみえる市民学会の言い方とかなり違っていることは確か。

善意が、ときに喜劇的な役回りをすることがある。
バタイユ『純然たる幸福』「訳者あとがき」(酒井健)にこんなことが書いてあったよ。
「運動状態の道徳においては、善と悪は抗争しているだけではなく、互いに連絡し合ってあいてを生育させてもいるということである。「エロティシズムの逆説」にあるように、善は善であることを裏切って悪の手助けをし、悪は悪であることに背いて善の意識の増大に貢献している。バタイユにあって善と悪は、悲劇的な戦闘関係にあると同時に喜劇的な共犯関係にもある。」

「エロティシズム」とか「バタイユにあって」という語を除いても、十分に参考になりそうな気がするのだけど…



[2057] あけまして 投稿者:ET 投稿日:2010/01/02(Sat) 20:29  

おめでとうございます♪

「ハンセン病市民学会」、いやしくも“学会”を標榜しているのであるからして、真実を追究してほしいものである。

>「隔離の100年」は同時に闘いの100年でもあった入所者の歩んだ跡を確認する。

という謳い文句――これはすでに事実に基づく歴史認識から逸れているのではないだろうか。というか、一般市民を誤った認識へと誤誘導するもののように思われる。
島の生活も歴史もまったく知らないので、島の場合の当事者運動についてはなんとも言えないが、少なくとも多磨の「隔離の100年」を眺めた場合、「隔離の100年」は必ずしも闘いの100年であったわけではなく、むしろ長期にわたって“闘わなかった”期間があり、あるいは後期にみられるように、むしろ予防法を楯にとっての経済闘争に明け暮れた期間があったという側面があることは否めないであろう。にもかかわらず、隔離の100年が闘いの100年であったという市民学会のこのような認識は、いったいどこから生まれたのか? 疑問を呈しておこう。
「隔離の100年」を機に、何故隔離が100年にも及んだかを究明しようというのならともかく、100年にのっかって“人権闘争”の100年神話を構築しようというのなら、それは誤りのうえに誤りを構築することにしかならないだろう。(言い過ぎか?)




[2055] どうぞ良いお年を・・・ 投稿者:リベル 投稿日:2009/12/31(Thu) 12:11  

今年も一年お世話になりました。

来年も何卒よろしくお願い致します・・・m(_ _)m


[2053] 年末の挨拶 投稿者:ルリカケス 投稿日:2009/12/31(Thu) 11:31  

昨年はいろいろとお世話になりました。

ありがとうございます。

来春も宜しくお願い申しあげます。

では良い年をお迎え下さいませ。


[2052] あはは 投稿者:ET 投稿日:2009/12/27(Sun) 22:47  

キメラといえば、人間てーのは、天使と悪魔のキメラかも。
怪物らしく見えなくても、けっこう怪物だったりするではないか。

>狐の胴体に驢馬の頭、尻尾は狸である。

 ↑これって、立派な怪物じゃないの?



[2051] 年末の教訓 投稿者:北風 投稿日:2009/12/27(Sun) 15:43  

普通、キメラといえば、ライオンの胴体にヤギの頭、尻尾が蛇の怪物らしいが、丸善の場合は、狐の胴体に驢馬の頭、尻尾は狸である。

何を考えているのか、どういう性格をしているのか、とんとわからない。こういう多重人格とは付き合ってはいけない。
谷内君がかわいくなる。

しっかし、世の中「丸善」の代わりに何を入れても当てはまる今日この頃だ。
もちろん、おいらも他人から見れば、矮小なキメラなのであろう。






[2050] きついねえ Re:[2048] 『ハンセン病文学全集』の 投稿者:北風 投稿日:2009/12/23(Wed) 18:26  

> 2003年2月配本予定だった
> 2010年の春、花のころでしょうか?

5巻は校了してるからねえ。





[2049] 第6回 ハンセン病市民学会 投稿者:北風 投稿日:2009/12/23(Wed) 18:25  

なんか、かわりばえがせんねえ。



第6回 ハンセン病市民学会 総会・交流集会 in 瀬戸内
     2010年5月8日・9日
全体テーマ 『島は語る〜隔離の象徴としての“島”を再認識し、心の橋を架ける〜』

第1日目 於 岡山プラザホテル
開会(13時〜13時30分)
  主催者挨拶 牧野正直(ハンセン病市民学会共同代表・瀬戸内集会実行委員長)
  歓迎挨拶  自治会長
          石井正弘岡山県知事(予定)
          武久顕也瀬戸内市長
          江田五月(参議院議長)
 
総会(13時30分〜14時20分)
  活動報告
  決算報告
  新年度共同代表の紹介(共同代表は事前に組織委員会で案を出し信任投票を行う。)
  活動方針
  予算案

交流集会(14時30分〜18時15分)
テーマ 『島の当事者の声を聴く』
《コンセプト》長島愛生園元自治会長石田雅男氏の著作『「隔離』という器の中で』の中に「私たちは過去を想い出しては、それを心のよりどころにして語り合い、語り尽きればまた繰り返す、同じ話となってもそれを聴き合うようにして付き合うのが療友仲間です。」(121頁)という文章があります。隔離の中の時間を実感させてくれる含蓄のある言葉である。
島の当事者は立場を異にすることがあっても時間を共有し合ってきた。島の生活を知らない参加者もそんな時間を少しでも分かち合って、島の過酷な歴史を学び合う場としたい

基調対談1 「島の生活を語る」  
加賀田 一 vs 金 泰九    聴き手 田村朋久
《コンセプト》加賀田さんには長島事件を体験者として語って頂く。金さんには療養所の中で在日患者が受けた差別を語って頂く。さらにお二人共通に三園長国会秘密証言のあとに愛生園で起きた事件を通して、光田園長に対する評価についてもそれぞれの立場から話をして頂く。

基調対談2 「隔離の島から生まれた当事者運動」
神 美知宏 vs三宅 一志   聴き手 八尋光秀
《コンセプト》厳しかった島の生活の中から、患者運動が生まれざるを得なかった大島青松園の自治会運動の歴史と独自性から、「隔離の100年」は同時に闘いの100年でもあった入所者の歩んだ跡を確認する。

基調対談3 「邑久長島大橋の架橋運動から学ぶもの」
池内 謙次郎 vs 山本 英郎  聴き手 青木美憲    
《コンセプト》邑久長島大橋架橋の経験は邑久光明園、長島愛生園に入所されている方たちの口からたびたび語られる長島にある療養所にとって大きな出来事だった。今、我々がこの時点で橋の架橋の歴史を振り返るのは、それが全国の療養所の課題となっている「療養所の社会化」の前史であったという意義にもある。同時に、物理的な橋の架橋によって得られたものを再確認しながら、架橋できなかったものが何だったかを考えることは、療養所の将来構想に示唆となるはずである。

総括座談  「島の当事者の声を聴いて」
《コンセプト》瀬戸内三園の療養所が隔離の場所としての全国の療養所の本質をもっとも端的にもっているものであり、今日もなお解消しえていないものでもある。3つの基調対談によって語られた中からそれがなんなのかをどのように聴き取ることができるのかを総括する。

第2日目 長島愛生園会場
〔分科会 A〕 「『新良田教室』の残したものを考える」  
会場 旧新良田高校講堂(90人)土足可
コーディネーター 延 和聰 パネリストは延さんが当事者のご意見を参考にしながら、検討中。
《コンセプト》 療養所で生活する若者にとって、新良田高校は療養所から退所するために開かれていたわずかな扉であり希望だった。実際。卒業生の7割は社会で生活する道を選んだ。しかし、新良田高校を卒業しても病気の再発や社会での生活の困難さによって園に残った人、戻らざるを得なかった若者もいた。また、新良田高校の卒業証書は療養所で生活をしていたことの証書でもあっただけでなく、卒業後の社会での生活する手段はまったく与えられなかった。新良田高校にこよなく愛着を感じている卒業生がいる一方で、新良田高校を思い出したくもないと思っている卒業生がいる新良田高校は存在そのものがアンビバレンツであった。新良田高校とはどんな存在だったのかをこの2つのあい異なる視点を1つにフォーカスしてみたときに新良田高校の実像があるのではないか。

〔分科会 B〕「啓発」     
会場 愛生会館(500人)    
コーディネーター 訓覇/牧野
《コンセプト》「啓発」というテーマは鹿屋集会で取り上げたが、その意義と役割は当初予想していた以上に奥深く、安直に答えが見いだせないものであった。そのため、市民学会の中に『啓発問題プロジェクト』を立ち上げることを今年の活動方針としたが、その活動と並行して今後の交流集会の中で継続的に取り上げたい。今回の「啓発」は、その第一歩となる企画としたい。

〔分科会 C〕 「ハンセン・ボランティアの現状と課題」   
会場 福祉会館(250名)土足可
コーディネーター 近藤 剛氏
《コンセプト》 見学者の受け容れ窓口や案内をするボランティアガイド、療養所の施設利用の受付け、さらには高齢化が進み活動することが困難になることが予想される自治会の仕事を補佐する市民ボランティア、敷地内の清掃をする市民ボランティア、入所者や退所者の日常の生活の相談に対応する福祉ボランティアなど、市民の活動もこれまでの支援活動から療養所の環境変化に合わせた活動が求められる。療養所を開かれた場所にしていくには、さまざまなボランティアの活動が不可欠となる。こうした業務を委託できるボランティアをコーディネートする専門のスタッフが必要になってくる。そのためにはNPO法人などスタッフを養成して業務委託を引き受ける仕組みも考えられる。今、ハンセン・ボランティアがどのような活動をしているのか、これからどのような活動を担えるのか、ボランティア活動をしている実践者に現状と課題を論じてもらう。

邑久光明園会場
〔分科会 D〕 「外島保養院から邑久光明園へ〜100年の歴史をたどる」  
会場 光明会館(200人)土足可
報告者  望月 拓郎 聞き手  宮前 千雅子
《コンセプト》 邑久光明園はその前史を大阪にあった外島保養院に遡る、全国の療養所でも特異な歴史をもつ。また、外島保養院が台風で全壊したあと、新しい療養所が長島に再建されるまで入所者は栗生楽泉園などに仮住まいを強いられた。そうした歴史を体験している入所者は邑久光明園にももうほとんどいない。邑久光明園の成り立ちを望月拓郎さんに語ってもらえるのは交流集会参加者だけでなく、入所者の方たちにも貴重な機会である。

〔分科会 E〕 「自治体に求められている課題を考える」
会場 恩賜会館(60人)土足不可 
コーディネーター 遠藤 隆久
《コンセプト》 2009年4月に「ハンセン病問題基本法」が施行されたが、基本法を活かした療養所所在地の自治体を除けば、新たな施策への取り組みは広がっていないのが現状である。基本法は、加害者たる国・地方自治体が被害回復に対して早急な対応を促す目的で制定されたはずだが、まだ基本法を生かし切れていない。基本法を活かしながら自治体の取り組みを促すには何が必要か、自治体関係者も含めたディスカッションをしたい。

大島青松園会場
〔分科会 F〕 「大島青松園とふるさとを結ぶ」〜(仮サブタイトル)私たちの手で!受けとめよう,故郷への思い。結ぼう,心の絆。〜    
会場 大島会館(150人)土足可   
コーディネーター 神谷誠人
《コンセプト》療養所の入所者とふるさとの関係は今後どうあるべきか、高齢になってもいまだに墓参りができなかったり、ふるさとの墓に埋葬されない入所者の問題は大きな壁である。四国四県から大島青松園に入所した入所者の思いを聴き取りながら,この壁の前で自治体はどのように積極的に取組む必要があるのかを考える。
9:40〜10:40  グループワークによる在園者との懇談           香川,徳島,愛媛,高知の4グループに分け,            
各グループで当該県出身の在園者(複数),自治体関係者を囲んだ聞き取り,懇談をする10:40〜メイン会場(大島会館)へ移動
11:00〜12:00 基調報告とグループワーク報告
※グループワーク報告では,各グループ参加者と各自治体関係者からグループワークで聞いた在園者の思いや自分の考えを報告してもらう
12:00〜13:30 昼食 名物・手打ちうどんに挑戦
13:30〜14:30 園内探訪(フィールドワーク)
14:30〜15:20 「大島を蘇らせよう総行動」(例:海岸の清掃,民家の修復等15:30〜16:15 まとめの会(参加者の感想会)
16:30 離園以上



[2048] 『ハンセン病文学全集』の 投稿者:ET 投稿日:2009/12/22(Tue) 19:57  

第五巻ていうと、2003年2月配本予定だった「評論」「評伝」などの巻ですね。
2010年の春、花のころでしょうか?



[2045] 今日は 投稿者:ET 投稿日:2009/12/22(Tue) 10:25  

「滝尾文庫」創設セレモニーの日なのですね。



[2043] 滝尾さんの近況。 投稿者:北風 投稿日:2009/12/17(Thu) 10:43  


元気で近く訪韓されるとのこと。

http://takio-kokoro-2.hp.infoseek.co.jp/pg08/pg08.html




[2042] 師走 投稿者:北風 投稿日:2009/12/12(Sat) 17:55  

> それまで、みんな先送りで顰蹙をかっています。

相変わらずである。
全集5巻は編集が終わったものの、問題が1つある。
といっても、今更特別な問題ではない。相変わらずの問題である。
年が明ければ若干改善される。残り2冊を一気に出して肩の荷を降ろして、ハンセン病問題について関わり方をじっくり考えてみたい。

年末に来て、DB関係では国立の某機関から「将来の提携」に向けて話し合いの要請があった。
採用は爆発的とは行かないが着実に増えている。
NDL、LC、ドイツ国立図書館の国立3図書館、アメリカの大学は32校、日本もボチボチでんな。NDLは、議員会館からも接続できるので国会議員のセンセイ方も使うようになるようだ。

相変わらず変な書き込みは週末に多い。谷内君の執念には恐れ入る。



[2041] 栄子さん 投稿者:北風 投稿日:2009/12/03(Thu) 16:13  


村松武司の夫人の栄子さんが、昨夜なくなった。
1993年に村松がなくなってから、書斎のタバコの吸殻までそのままに、市川のうちを守っていたが、晩年体調が悪く沖縄の一人息子の元に引き取られていた。

食事に起きてこないので様子を見に行くと息が無かったという。まさに、眠るがごとき大往生だね。
栄子さんの父は山本飼山の親友で、栄子の栄は大杉栄から取ったそうだ。





[2040] ディズニー 投稿者:北風 投稿日:2009/11/30(Mon) 10:53  


ディズニー・プロはただのアニメ屋ではなくて、アメリカ政府にくしゃみをさせて、鳩山に風邪を引かせるくらいの存在になっているということだね。

ああいう、キャラクター商売と個人の営為である文学作品などを同じ「著作権」という概念や法律で律しようとすることに無理があるんじゃないかね。



[2039] 米国の提言なら、 投稿者:ET 投稿日:2009/11/28(Sat) 13:03  

コンセンサスが得られなくとも、実施しようとしてるとしか思えない。

著作権保護期間50年でも、長すぎると思う。
著作権保護期間70年への延長というのは、すべてが加速化している時代に逆行し、知的財産の“一般化”に反するものだ。権利の保護の一方で、実際には、利(使)用者にさらに制限を加えることになる。



[2038] 青空文庫のアピール 投稿者:北風 投稿日:2009/11/26(Thu) 12:33  

読売新聞西部本社谷内修三君との「論争」を思い出すねえ。



著作権保護期間の延長について

去る11月18日、鳩山由紀夫首相は、日本音楽著作権協会(JASRAC)の70周年記念祝賀会において、これまで作者の死後50年までとされてきた著作権保護期間を、死後70年に延長するよう、最大限の努力をすると発言されました。
続いて川端達夫文部科学相も、70年はある種の世界標準であり、延長を目指して課題に取り組んで行きたいとのべられました。

報道でこの発言に触れて、その真意を推し量りかねて当惑し、次第に暗澹たる気持ちがわき上がってくるのをおさえられませんでした。

私は、青空文庫と名付けた電子図書館を育てる試みに、1997年から加わってきました。
その中で、ある時期までは作者の権利を守り、それが過ぎた後は、誰もが作品にふれやすくし、新しい創作の土台としても利用しやすくしようという著作権制度にこめられた期待が、インターネットを得て、大きな成果をあげ始めたことを、繰り返し実感してきました。

保護と利用の促進は、著作権制度の両輪です。
そのバランスをどう取るかについて、国際的な著作物保護の枠組であり、日本も参加しているベルヌ条約は、作者の存命中に加えて、死後50年までの保護を原則としています。

これを死後70年までとすることで、果たしてなにが得られるでしょう?
しばしば主張される、創作の意欲を高めることにつがなるのでしょうか?
表現は、今生きてあることの証です。みずからのいのちが絶えて50年が過ぎた後、さらに20年分の保護を約束されたとしても、それがつくることの意欲を高めるとは到底思えません。

一方、作者の死後50年を過ぎた作品は、広くみなで利用できるようにしようという制度にこめられたもう一方の期待は、インターネットを得て、大きく花開き始めました。
例えば、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)では、延べ約740名のボランティアによって入力、校正された著作権の切れた作品が、2009年11月現在で、8500以上、公開されています。

来年の元日、2010年1月1日現在で、著作権保護期間が死後70年に延長され、すでにいったん著作権切れとなったものにもさかのぼって適用されたとすれば、青空文庫は公開作品のおよそ半分を失います。
広く利用されている、太宰治も坂口安吾も、中島敦、島崎藤村、菊池寛、新美南吉、海野十三、堀辰雄、横光利一、折口信夫、林芙美子、中里介山、北原白秋、斎藤茂吉、織田作之助、原民喜、与謝野晶子、宮本百合子、三木清等も皆、読めなくなります。

過去にさかのぼっての適用がなかったとすれば、これらの作家は生き残ります。
ただし、その後20年をかけて、青空文庫は確実に、やせ衰えて行きます。
保護期間死後50年であれば、今後20年間に公開作品リストに加えられたはずの小川未明、柳田国男、吉川英治、正宗白鳥、野村胡堂、尾崎士郎、三好達治、佐藤春夫、中勘助、梅崎春生、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、高見順、米川正夫、山中峯太郎、小宮豊隆、鈴木大拙、亀井勝一郎、山本周五郎、壺井栄、時枝誠記、笠信太郎、子母沢寛、広津和郎、村岡花子、木々高太郎、長谷川如是閑、伊藤整、獅子文六、西條八十、大宅壮一、三島由紀夫、深田久弥、内田百間、高橋和巳、志賀直哉、平林たい子、広瀬正、川端康成、椎名麟三、大佛次郎、サトウハチロー、浜田広介、花田清輝、江口渙、梶山季之、金子光晴、きだみのる、林房雄、香山滋、檀一雄、舟橋聖一、福島正実、武者小路実篤、武田泰淳、竹内好、今東光、稲垣足穂、海音寺潮五郎、野尻抱影、平野謙、柴田錬三郎、山岡荘八、花森安治、福永武彦、中野重治、植草甚一等を、青空文庫は迎え入れられなくなります。

鳩山首相、川端文科相が最大限の努力を傾けて進められるという保護期間の死後70年への延長には、社会の誰もが容易に利用できる20年後の電子の書棚から、谷崎潤一郎を、山本周五郎を、三島由紀夫を、川端康成を、奪ってしまうという側面があることに、どうか目を向けてください。

国民の広範な支持を得て政権交替を果たし、日本の再構築をになう民主党政権が、インターネットに育ち始めた万民が共用できる文化の宝箱を、率先してやせ衰えさえる選択を行うとすれば、この社会の再生に期待し、自らもその育成に力をふるおうとする者が味わう失望は、いかばかりのものとなるでしょう?

民主党の皆さんに、心よりお願いいたします。
「保護」とならぶ著作権制度のもう一方の柱である「利用の促進」にも目を向け、死後70年への保護期間延長問題について、党内で広く論議していただけないでしょうか?
その上でどうか、インターネットを活用した文化共有を促進し、この社会に生きる人々の心の足腰を強める側に政策の舵を切ってくださるよう、お願い申し上げます。


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