| 世界のハンセン病の現状 |
| ハンセン病のリンク集 > 世界のハンセン病の現状 |
| 目 次 |
| 世界の概況 |
| WHOによる年次別トピクス |
| 世界の年代別・地域別登録患者数及び新規患者数 |
| 登録患者数及び新規患者数の推移図 |
| 濃厚流行国での新規発見症例数(2006年8月11日版まで) |
| 世界の患者数・有病率未達成国(2005年初頭現在) |
| 国連人権小委員会(2005年8月5日) |
| 世界ではハンセン病はどのような状況なのでしょう? WHO(世界保健機関)は1981年、ダプソン、リファンピシン、クロファジミンの多剤併用療法(MDT)を発表しました。 画期的な効果があり、1985年から2005年までの間に世界で1400万人以上を完治させました。さらに、1991年に、 世界保健会議は2000年までに「公衆衛生問題としてハンセン病を制圧するための決議文」を採択しました。 WHOでは「ハンセン病の制圧」を 「1万人に1人以下の有病率にすること」 と定義しています。 (参考:厚労省HP) 2000年の終わりに、世界的なレベルではこの目標は達成されましたが、2005年初頭で9カ国、2006年初頭現在では 未だ6カ国(ブラジル・コンゴ民主共和国・マダガスカル・モザンビーク・ネパール・タンザニア共和国)が未達成で、 各国レベルでの目標を達成するために、更なる努力が必要とされています。2005年における新規発見症例数を見ても 決して楽観視できる状況とは言えません。未だ、苦しんでいられる方は、世界に大勢居られるのです。 「ハンセン病の制圧」は2000年に目標値を達成しました。2000年~2005年のWHOの戦略プランは、更に5年間延長 され、流行国への質の高い施策が実施されようとしています(参考-PDF)。しかし新規発見症例数は一向に衰えを 見せません(インドに特殊な例が有りますが)。この現実を、私たちは見落としてはいけないと思います。 |
| 世界の年代別・地域別登録患者数及び新規患者数(人) | ||||||||||||
| 年 代 | アフリカ | 東南アジア | 西太平洋 | 東地中海 |
ヨーロッパ | アメリカ | 日 本 | 世界合計 | 有病率 | 世界新患数 | ||
| 1966年 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | 11,947 | ― | 8.40 | ― | ||
| 1985年 | 987,607 | 3,737,157 | 245,753 | 74,892 | ― | 305,999 | 8,452 | 5,351,408 | 12.00 | ― | ||
| 1993年 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | 6,729 | ― | ― | 590,933 | ||
| 1994年 | 113.650 | 913,664 | 40,508 | 23,219 | ― | 195,891 | 6,484 | 1,286,932 | ― | 560,646 | ||
| 1995年 | 95,901 | 651,562 | 32,254 | 23,005 | ― | 123,537 | 6,172 | 926,259 | 1.67 | 529,376 | ||
| 1996年 | 82,758 | 637,413 | 26,533 | 13,038 | 732 | 127,866 | 5,961 | 887,608 | 1.54 | 566.567 | ||
| 1997年 | 82,522 | 591,069 | 23,413 | 11,977 | 543 | 119,279 | 5,205 | 828,260 | 1.39 | 684,961 | ||
| 1998年 | 68,457 | 635,719 | 19,487 | 9,748 | 765 | 86,029 | 4,918 | 819,440 | 1.40 | 804,357 | ||
| 1999年 | 64,490 | 574,924 | 13,771 | 8,785 | 846 | 90,447 | 4,676 | 752,417 | 1.25 | 738,112 | ||
| 2000年 | 58,694 | 432,715 | 11,105 | 8,525 | 197 | 85,996 | 4,595 | 597,232 | 0.99 | 719,330 | ||
| 2001年 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | 4,404 | ― | ― | 763,262 | ||
| 2002年 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | 4,090 | ― | ― | 620,638 | ||
| 2003年 | 51,233 | 304.296 | 10,449 | 5,798 | ― | 86,652 | 3,758 | 458,428 | ― | 514,718 | ||
| 2004年 | 47,596 | 186,182 | 10,010 | 5,398 | ― | 36,877 | 3,521 | 286,063 | ― | 407,791 | ||
| 2005年 | 40,830 | 133,422 | 8,646 | 4,024 | ― | 32,904 | 3,307 | 219,826 | ― | 296,499 | ||
| ※数字は「Weekly epidemiological record」No.1及びNo.32から ※1993年の世界新患数はNo.32、1994年~2000年はNo.1、2001年~2003年はNo.13から ※1966年、1985年の有病率は同上No.23から ※1996年以降の日本の数字は療養所入所者数です 目次へ |
||||||||||||
![]() (感染症情報センターHPより)(上の表の数値との差は調査中です) 目次へ |
![]() |
| WHO疫学週報トピクス(2006年8月11日版)から 目次へ |
| 世界の患者数・有病率未達成国(2005年初頭現在) |
![]() (社会実情データ図録・コード2245より)目次へ |
|
|
09:00 国連欧州本部(パレ・デ・ナシオン)へ。 今回の国連人権小委員会で日本財団が招へいした外国からの参加者は次のとおり。 ・ウジワル・チョードリー教授(インド)ハンセン病の映画「汚名」の制作者 ・アンドレア・パスキーニ女史(ブラジル)ハンセン病の映画「我等の生涯の最良の日々」の制作者 ・P.K.ゴパール博士(インド)ハンセン病回復者組織「IDEA」インド会長 ・ネヴィス・メアリーさん(インド)ハンセン病回復者で鉄道省に勤務。夫のジャヤクマール氏と共に参加 ・コフィ・ニャーコ氏(ガーナ) ハンセン病回復者 ガーナの地方で教師を勤め、一週間に一度回復者との連絡のため、インターネットカフェのある町までバスで8時間かけて行くとのこと ・アマール・ティマルシナ(ネパール) ハンセン病回復者で現在首都カトマンズで生徒150人の学校を経営している。ハンセン病の発症とともに妻に離婚された。実家はカトマンズからバスで1時間。そこから徒歩でなんと16時間かかるとのことでした。 12:50 国連人権小委員会で私が「ハンセン病と人権」について発言し、その後短かったですが、4人の回復者が初めて人権委員会の場で発言をした。会場内からは、大変珍しいことに大きな拍手が沸き起こった。 13:05 「ハンセン病と人権」パネルディスカッション。 ゴパール博士が議長を務め、ハンセン病回復者が自分の経験を積極的に発言し、「差別」の実態を明らかにした。 私と横田洋三中央大学教授、紀伊國献三笹川記念保健協力財団理事長も発言。 19:30 参加者とのお別れ会。 国連人権委員会が設立されて以来、初めてハンセン病回復者が発言した歴史的な一日になりました。苦難の人生を歩んできた参加者も責任の重さから解放され、和やかな会になりました。 <写真>各国の回復者がハンセン病の現状を報告 |