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| 国立ハンセン病療養所 (付発行機関誌一覧) |
| ハンセン病のリンク集 > 国立ハンセン病療養所 |
| タ イ ト ル (順不同) | 内 容 |
| 療養所一覧表 | 当サイトのページ。愛媛県HPによる |
| 療養所一覧と訪問レポート (ハンセン病回復者とふるさとをむすぶ) |
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| 国立ハンセン病療養所(PHCのHP) | 処遇などの内容にも |
| ハンセン病診療ネットワーク(IASRHP) | 国立療養所以外の診療所も紹介 |
| 国立療養所松丘保養園 | |
| 訪問・懇談記('01.4.16) (せこゆき子HP) |
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| 国立療養所東北新生園 | |
| 訪問記('01.6.4) (せこゆき子HP) |
最後に私から今回の判決後、家族から連絡があったかどうか聞きました。役員さんの一人は言葉すくなに「電話がありました。新聞やテレビでこれ以上・・・胸に刺さる・・厳しくて」 |
| 国立療養所栗生楽泉園 | |
| 栗生楽泉園(草津の達人HPより) | ― |
| 重監房の復元を求める会 | 谺雄二さんの発想から出発した運動 |
| 訪問・懇談記('01.5.21) (吉川春子HP) |
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| 全国人権擁護推進主事研修会 | 曹洞宗人権擁護推進本部による |
| ハンセン病と草津楽泉園 (かみつけの国本のテーマ館HP) |
「しかし、安易な知識ではどうしてもこのようなホームページの場で語ることはできないと感じています」 |
| 国立療養所多磨全生園 (地図) | |
| 高松宮記念ハンセン病資料館 | 場所は当療養所敷地内であるが成田稔館長の言のとおり「すべての療養所の共有施設」 |
| ハンセン病資料館(個人作成) | 博物館紹介の一環として |
| 凡太郎のホームページ | 平野 昭氏制作。全療協ニュース、検証会議の報告、講演会関連の記録など内容豊富 |
| ガラクタ箱 | 全生園にお住まいの方のHP。美しい写真・アニメなど内容豊富です |
| 訪問記(ハンセン病問題を考える会HP) | ― |
| 訪問レポート(写真添'00.7.16) (回復者とふるさとをむすぶHP) |
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| 命の尊厳について (masaya ka ba?HP) |
平沢保治氏から話をうかがう |
| 多磨全生園の森 | 年表や写真などで森の全貌を紹介します |
| 宮崎 駿の「全生園の灯 | 「それから、全生園は僕の大切な場所のひとつになった」 |
| 全生園の森 | 多磨全生園創立90周年記念事業実行委員会編 |
| 民主党WT訪問('01.3.13) 同内容 |
判決言い渡しを5月11日に控え、療養所の実態把握と原告の訴えのヒアリングを行うために、全国各療養所を訪問している、 |
| 田中知事訪問('02.1.22) (信濃毎日新聞) |
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| 感動の看護婦最前線 | フジテレビの番組。今井理恵さんを紹介 |
| 国立療養所駿河療養所 | |
| 国立駿河療養所入所者自治会HP | 自治会の公式HPの嚆矢です。貴重な写真で構成された所歴がある。富士山の写真が美しい |
| 「国際尊厳の日」に参加して (駿河療養所入所者自治会HP) |
西村時夫氏の中国ハンセン病回復者との交流記 |
| 東海歌舞団が慰問公演 (朝鮮新報HP) |
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| 県政運営方針(静岡県HP) | 2001年石川知事の提案説明から |
| 国立療養所長島愛生園 | |
| 国立療養所長島愛生園入園者自治会HP | 施設紹介・資料館・自治会の歴史ほか各ページに貴重な写真を満載。爽やかな後味です |
| 入所者体験談集 (長島愛生園入所者自治会HP) |
貴重な体験談。書籍の紹介も |
| 竹下景子さん訪問記(岡山県HP) | ― |
| ぐらふぃてぃ「愛生園」 (窓と簾HP) |
'70年代の写真集 |
| 療養所の名を借りた「収容所」 執筆者不明。乞う連絡! |
京都大学医学部放射線遺伝学教室ホームページ の関連なのですが・・・ |
| 訪問記('98.2.23)(秋之館HP) | 「深いところに差別や偏見が産んだ「隔離」そのものに対する強烈かつ極めて静かな怒りと悲しみがあることを感じざるを得ない」と締めくくられている |
| 長島愛生園と私(私の部屋HP) | FIWC(フレンズ国際労働キャンプ)を通じての取り組み |
| 十勝の高校生訪問記 (上)(中)(下)('97.4.9〜) |
「違う。子供に会いたくないはずはないよ」 高校生たちにはその瞬間、淡々と語っていた双見さんの、過去の重さが見えたに違いない |
| 「生きる」を出版 | 愛生園の谷川秋夫氏77年の人生は |
| 平和・人権のページ (かどやんファミリーHP) |
「見学だと称して大勢の若者が、園にやってくる。何か話してくれと頼まれるから一生懸命に話す。だけど彼らが帰った夜は空しくて眠れない。一回こっきり、わしらを見に来ただけの若僧に何であんなに夢中で話したんやろ。あんたはわしを眠らしてくれるか。きっとまたきてな。」 |
| 人間回復の旗 掲げて (中林よし子HP) |
岡山県日本共産党愛生支部の活動を「しんぶん赤旗」から |
| 研修レポート (大阪府立信太高校HP) |
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| 愛生園にて(ねこのあしあとHP) | ― |
| 国立療養所邑久光明園 | |
| 私を立ち上がらせたもの (「ふらっと」人権情報ネットワークHP) |
中山秋夫氏の思い。「私たちもしっかりと見届けなくてはならない」 |
| 長島という島 | ハンセン病から説き起こす |
| それぞれの橋 (中国新聞HP) |
長島への架橋の意味するもの |
| 竹下景子さん訪問記(岡山県HP) | ― |
| 検証報告(弁護団通信'01.3.30) | 国宗弁護士のHPから |
| 邑久光明園の声(毎日新聞2002.6.17) | 木村和歌山県知事訪問のとき |
| 訪問記(学生YMCAHP) | ― |
| 見学記'00.10.5(ゆうゆう亭HP) | そして最後まで繰り返し繰り返し云われたことは、ここには納骨堂まであると言うことです |
| 五十年の隔離の時を越えて (Gな庭HP) |
金地慶四郎氏の話 |
| 国立療養所大島青松園 | |
| 閉ざされた島の昭和史 (詩人塔和子の世界) |
サウンドさんが自治会50年史を電子化して居られます |
| 紹介(庵治第二小学校HP) | ― |
| ハンセン病医療に従事して (杉山和子氏) |
クリスチャンとしての良妻を志していた杉山和子氏が大島青松園で30年近くの医療活動に従事した |
| 魂の島・大島−写真集 (太田昭生フォトギャラリー) |
プロのモノクロ写真集。撮影に際しての心の葛藤、撮影後の心境も記す |
| 「いのち」を追って(徳島新聞HP) | 元患者さん26人の声「いまだに帰省すらかなわない入所者は結構多いのです。われわれも生あるうちにこの矛盾を晴らしたい」など |
| いのちみつめて | 「私は元患者さん達が持っていた、そして今も持っている内面的なものを、このホームページをとおして少しでも伝えていければと思っている」(大島青松園盲人会HP) |
| 風の舞 | 澤井佳代子さんの大島青松園訪問日記 |
| 訴訟後の青松園(四国新聞) | 近況と課題と回顧録を |
| 国立療養所菊池恵楓園 | |
| 国立療養所菊池恵楓園 入所者自治会公式HP |
行事紹介、写真による園内案内など内容豊富です |
| 写真で紹介(もりのどうぶつたちHP) | ― |
| 坂口厚労相をお迎えして | ― |
| 国立療養所星塚敬愛園 | |
| 写真で紹介(もりのどうぶつたちHP) | 建物、生活、食事などを写真で紹介 |
| 訪問記(ハンセン病問題を考える会HP) | 全生園訪問記もあります |
| 構成劇と学級のいじめ (「天までとどけ」の屋根裏部屋) |
地域社会における学校のあり方を見る |
| ハンセン病問題を正しく学ぼう (楽しい教室HP) |
敬愛園を校区にする大姶良中が作成。年表に至るまで充実 |
| 国立療養所奄美和光園 | |
| 国立療養所沖縄愛楽園 | |
| HITASURA−宮里新一のページ− | シンガーソングライターとして退所・活躍中のshinちゃんのHP |
| 大白泰子のHP (屋我地島のドン・キホーテ) |
これはもはや単に一療養所長(早田 皓氏)の奮闘記にとどまるものではない! |
| 理解なき偏見、差別 (沖縄タイムスHP) |
金城さんは、裁判は社会の差別と偏見を取り除くための闘いだと思っている |
| 国立療養所宮古南静園 | |
| その歴史と意義 (沖縄県医師会報'01.1) |
菊池園長による随筆 |
| 退所者に支援金 (宮古毎日'01.2.14) |
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| 第71回学会開催 (沖縄県医師会報'98.8) |
菊池園長の緑陰随筆 |
| 沖縄のハンセン病 (林研究室HP) |
関東学院大の林博史教授が沖縄におけるハンセン病について解説 |
| 神山復生病院 | |
| 琵琶崎待労病院 | |
| 各 療 養 所 の 機 関 誌(紙) | |||||
| 療 養 所 名 | 機 関 誌(紙)名 | 発 行 元 | 備 考 | ||
| 国立療養所松丘保養園 | 『甲田の裾』 | 松丘保養園慰安会 | 1930年創刊 | ||
| 国立療養所東北新生園 | 『戸伊摩』 | 東北新生園慰安会 | 1948年創刊 | ||
| 『新生』 | 東北新生園 | 上記を改題? | |||
| 国立療養所栗生楽泉園 | 『高原』 | 栗生楽泉園文化部 | 1946年創刊 | ||
| 国立療養所多磨全生園 | 『山櫻』 | 多磨出版部 | 1919年4月創刊〜1952年10月 | ||
| 『多磨』 | 全生互恵会 | 1952年11月より改題 | |||
| 国立療養所駿河療養所 | 『芙蓉』 | 駿河療養所文化部 | 1949年創刊(一時休刊) | ||
| 『駿河』 | 駿河療養所 | 上記を改題 | |||
| 国立療養所長島愛生園 | 『愛生』 | 長島愛生園慰安会 | 1931年10月創刊 | ||
| 国立療養所邑久光明園 | 『楓』 | 邑久光明園慰安会 | 1936年(隔月刊) |
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| 国立療養所大島青松園 | 『藻汐草』 | 大島青松園 | 1932年4月創刊〜1944年7月 | ||
| 『青松』 | 大島青松園 | 1944年11月より改題 | |||
| 国立療養所菊池恵楓園 | 『恵 楓』 | 菊池恵楓園患者援護会 | 1936年創刊 | ||
| 『晩鐘』 | 菊池恵楓園青年会 | 1936年創刊 | |||
| 『檜の影』 | 菊池恵楓園 | 1927年創刊〜1951年4月 | |||
| 『菊池野』 | 菊池恵楓園 | 1951年5月より改題 ※現在は、毎号国会図書館に保管 |
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| 国立療養所星塚敬愛園 | 『星 光』 | 星塚敬愛園慰安会 | 1936年創刊 | ||
| 『始良野』 | 星塚敬愛園患者自治会 | 1948年6月創刊 | |||
| 国立療養所奄美和光園 | 『和光』 | 和光園文化部 | 1954年創刊(随筆短歌中心) ※一時、休刊 1990年に復刊 |
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| 国立療養所沖縄愛楽園 | 『済井出』(新聞) | 国頭愛楽園慰安会 | 1938年創刊〜1952年 | ||
| 『愛楽』(新聞) | 国頭愛楽園慰安会 | 1952年より改題 | |||
| 国立療養所宮古南静園 | 『南静』 | 宮古療養所 | 1954年創刊 | ||
| 各 療 養 所 の 文 芸 誌 | |||||
| 国立療養所多磨全生園 | 『星影』 | 全生小学校星影会 | ― | ||
| 『呼子鳥』(児童文芸誌) | 全生学園・山櫻出版部 | ― | |||
| 国立療養所星塚敬愛園 | 『南風』 | 星塚敬愛園慰安会 | ― | ||
| 参考:ハンセン病文学全集 巻末 テキスト一覧(皓星社)・らい文献目録(皓星社)より ※『楓』以外は月刊 | |||||