清水昶記念
 

   

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デリカシーのない発言は禁止します。【新都市新聞社 社主清水昶】
 
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40595  「夢去りぬ」   
[2016.10.25 18:09Tue]
□Sonnet p1038-ipbf1007souka.saitama.ocn.ne.jp

井川博年さんの新詩集「夢去りぬ・思潮社刊」が、出版されました。

装画は「辻憲」さんです。


https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A2%E5%8E%BB%E3%82%8A%E3%81%AC-%E4%BA%95%E5%B7%9D%E5%8D%9A%E5%B9%B4/dp/4783735425

40594  11月3日は、清水昶の会【Happy Birthday】の日です。   
[2016.10.17 08:11Mon]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
11月3日は、昶さんのHappy birthday です。
例年通り「清水昶の会(Happy birthday !)」を、吉祥寺・中清さん【0422-21-2891】にて開きたいと思います。会費は三千円。午後四時頃から始めます。
昶さんを思い出しながら歓談しましょう。

40593  11月3日は、清水昶の会【Happy Birthday】の日です。   
[2016.10.14 08:19Fri]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
みなさま、11月3日は、清水昶の会【Happy Birthday】の日です。お忘れなく!詳細は後日に。

40592  清水哲男さま、ありがとうございました。   
[2016.08.31 20:31Wed]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
清水哲男さま、「増殖する俳句歳時記」、長いあいだ、ありがとうございました。昶さんの俳句も、数多く取り上げられ、感無量です。昶さん以外で、個人的には、敬愛する清水径子さんの俳句が幾つも、哲男さんによって取り上げられたことが、わたしにとっては、「増殖する俳句歳時記」が、親近なものとなったといえます。20年とは、ほんとうに凄い時間だと思います。

40589  電源船   
[2016.08.07 23:13Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

8月8日  月曜日

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被爆後の広島駅の闇に降りる

                           清水哲男
当「増殖する俳句歳時記」は当初の予定通りに、20年が経過したので、本日をもって終了します。最後を飾るという意味では、明るくない自句で申し訳ないような気分でもありますが、他方ではこの20年の自分の心境はこんなところに落ち着くのかなと、納得はしています。戦後半年を経た夜の広島駅を列車で通ったときの記憶では、なんという深い闇のありようだろうと、いまでも思い出すたびに一種の戦慄を覚えることがあります。あの深い闇の中を歩いてきたのだと、民主主義の子供世代にあたる我が身を振り返り、歴史に翻弄される人間という存在に思いを深くしてきた人生だったような気もしております。みなさまの長い間のご愛読に感謝するとともに、この間ページを支えつづけいてくれた友人諸兄姉の厚い友情にお礼を申し上げます。ありがとうございました。(清水哲男)


40588  電源船   
[2016.08.07 23:10Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月7日(日)


休みけり羽をたたんで糸蜻蛉



お昼近くに起きたのに頑張って安城へ走る。1時間だ1時間走ることで別天地に出会える。国1を飛ばし23号線バイパスへ入る。あとは一直線。いつも5枚撮って一枚あればいい。500枚撮って一枚あればいい。2時間くらい撮るつもりが何さ夜の9時になっていたのでした。6時間ほどうろついていたことになりまする。

エイスースさんがこのところ万歩計を取り出しては何万歩歩いたと言っている。久しく万歩計など使うこともなかったのだけれどそれならばちょっとポケットに入れましょうかと電池の切れた万歩計の電池を交換しポケットに忍ばせたのでした。6時間も歩いていたのに10150歩。かろうじて1万歩をクリアしていた。おかげで1枚が3枚くらいにはなる。

阿波踊りを撮りに出向いた。たぶん今日は日曜踊り手は大勢出るだろう。16時半出陣ということで待つ。見たところカメラマンは数人しかおらず踊り手の正面から後さずりしつつシャッターを切ったのでした。日没まで待ってなおかつ頑張る。パンというのは重宝でございます三つほどバッグに入れておいたのがエネルギーとなる。

待つ間自衛隊のテナントでリュックパンツを買う。なんとなくどんどん自衛隊化されていく。ベランダの向かい側に国営地がある。ふだん歩く道も国営地周辺ということになる染まりやすくこんなことでどんどん自衛隊化されているのでした。それでも自衛官になろうとは思わなかったな。当時自衛隊というのはなんとなく蚊帳の外にあったような覚えがありまする。あまり身近には感じなかった。

オリンピックの金と銅とでは天国と地獄ほどの違いはあるだろうか。4コメ。来年はやってみようか年寄りの4コメ。20ぷんガイシプールを独占できる。平が苦手だけれど1年ある何とかしよう。金は取れずとも入賞くらいは完泳すれば可能だ。来年は4コメに挑戦。

先日の全日舞妓

フォトコン銅賞、109人472点もあったのだった。

なんとなく今日も午前2時になりそう。

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厨房メモ

最後の画像が七夕神社になりました。今日の画像です。この神社は縁結びのパワースポットらしい。7歳くらいのおんなのこが短冊に書いていたのは おとなになったらかんごし になりたい でした。安城っていいよね願い事が臆すことなく普通にできる環境が整っていて。安城市役所のすぐわきにありますぜ七夕神社。

40587  電源船   
[2016.08.06 21:58Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月7日  日曜日

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さようなら秋雲浮かべ麹町

                           清水哲男
本日、立秋です。秋の始まるこの日、日曜の増俳もさようならとなりました。長い間、拙文をお読み頂き、ありがとうございました。さて、先週日曜の午後、清水さんにお電話しました。「この句は、麹町にあるFM東京のパーソナリティーをお辞めになった時の句ですか」「そうそう」「何年の何月ですか」「忘れたなあ」「1980年の半ばくらいまででしたよね」「うん」「何年続けられたんですか」「12年半」「朝の9時頃までの放送だったと思いますが、スタートは何時からでしたか」「7時から9時まで」「その頃は相当な早起きですよね」「4時に起きていた」「始発で出勤ですか」「家の近くはバスも通っていないんで、タクシーと契約してたんだ」「その頃は就寝も早かったでしょうね」「うん。9時とかね」「私は、坂本冬美さんがゲストだった放送のことをよく覚えているんですが」「坂本冬美は、アマチュアのコンクールに出ていた時から注目してたんだ。それに優勝して、まだ、新人の頃だね」「他に印象に残っているゲストはいますか」「うーん、、、マスゾエさんかなぁ。新進気鋭の国際政治学者で切れ味がよかったね」「あの時代としてはかなり右寄りの発言を堂々と喋っていましたね」「そうそう。政治のコメンテーターとして、番組のレギュラーだったんだ」「ところで、ラジオのパーソナリティーになられたきっかけは何だったんですか」「ラジオに原稿を書いていたんだけど、ディレクターから、書くより喋る方が手っ取り早いからやってみないかって言われてね」「では、この句に解説を加えるとすればいかがでしょう」「そのまま。自分のために作った句だよ」「もう一句教えて下さい。私の好きな句に〈ラーメンに星降る夜の高円寺〉があって、何人かでこの句を話題にした時、この句は秋か冬の句だろうねということに落ち着いたのですが、句集の配列では〈さらば夏の光よ男匙洗う〉の次にあるので、夏の句かなとも思うんですがいかがですか」「忘れた」「無季ということでいいですか」「うん。」「それでは最後に、今年の阪神タイガースについてどう思われますか」「過渡期だね。いろいろ動かしているんじゃないかな」「たしかに全球団の中で一番選手の入れ替えが激しいですよね」「金本がフロントから言われてるんじゃないの?」「昔のストーブリーグのフロントとは大違いですね」「フロントも若くなったんじゃないの?何年後かを見据えた長期の展望を持つようになったんじゃないかな」。学生時代、ラジオから聞いていた声を受話器で聞けたしあわせな通話でした。以下、恐縮ですが私事のお知らせをお許しください。10月15日(土)から11月18日(金)まで、ユジク阿佐ヶ谷という小さな映画館で、『映像歳時記 鳥居をくぐり抜けて風』(池田将監督)を公開します。私の企画・脚本・プロデュースです。増俳を執筆しているうちに、観る歳時記を作りたくなり、三年かけて完成しました。イギリス生まれの少女が、熊野に住んでいる祖父と神社を旅する映画で、南方熊楠が、鎮守の杜の中で見つけた粘菌類のはたらきについて考えています。映画を観た後に、俳句を投句してもらおうと思っています。それらをHPに掲載させていただきます。また、映画館内吟行句会も計画しています。映画を観て、俳句を作る。ユジク阿佐ヶ谷の館長には、30年間上映させてほしいとお願いしましたが、とりあえずひと月という事になっています。みなさんが、銭湯に通うようにこの映画にひたっていただければ、長期上映となり、ユジク阿佐ヶ谷を俳句仲間のサロンにすることも可能になります。これに関しては、館長さんの了承を得ていますので、どうかみなさん、お越しください。詳しくは、『映像歳時記 鳥居をくぐり抜けて風』をご覧下さい。最後に、俳句を読み、文章を書く機会を与えてくださった清水哲男さんに感謝申し上げます。さようなら。『匙洗う人』(1991)所収。(小笠原高志)


40586  電源船   
[2016.08.06 07:20Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月5日(金)


野放図とはこうしたこと夏の草



そうだTSUTAYAに行かねばならない。返すDVDがあるじゃない。あまりに暑いので車で出向く。返すものを返ししばらく古いDVDの薄い背表紙を探る。借りてきた野のなななだかののののだかは10分我慢して観ていたが止めておく時間の無駄。大林宣彦 歳を取ったか。映画は最初の5分。

我慢できないこっちが歳をとっていたのでした。年寄りはすぐキレる。休みらしい休みの一日にする。ひとまず借りて着た新作を4本コピーする。観るのはあとでいい。日曜に返さねばならない図書館と違うのでした。

先に銅賞をいただいた商品が届く。トロフィーは重く立派だったけれどあとはいらないものばかり。これなら図書カード一枚というわけにはいかないものなの。郵送料もかからないし。花より団子のさもしいアタクシなのでありました。

日本カメラにもう用のないプリントを15枚ほど送り付ける。返却してもらってもどうしようもない少し手持ちのプリントを外していきたい。なかにはどうしようもないプリントもあるのでした。そのときは自信があったのだろ。ヤダネ。時の流れは自分の作業の不適さを冷静にさせてくれるのでした。

庭の草むしりもしたいのだけれど蜂は飛んでるし暑いし背丈までも伸びるものでもないしくたびれるしなにも出ないしやめておく。

キュウリと紅ショウガを買い忘れもう一度ヤマトに出向く。紅ショウガって時々思い出したように食べたくなるなんてアタシだけか。かつては毎日使ってました焼きそばで。このときは一度も食することなどなかったのに。ヘン。

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厨房メモ

明日は明日は安城の七夕。出向きますよ。去年の失敗は忘れて。

40585  電源船   
[2016.08.06 07:10Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

8月6日  土曜日

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八月六日のテレビのリモコン送信機

                           池田澄子
句集『いつしか人に生まれて』(1993)で出会ってから、八月六日が近づくと心に浮かぶ句です。「八月六日」は、その時生きていたすべての命が常に直面していた戦争という免れがたい現実の象徴であり、季題の力、という言葉だけでは到底表現しえない生と死そのものという気がします。七十年の時を経た今、押さない日はほとんどないリモコンの送信ボタンから八月六日を思い起こす人は少なくなる一方ではありますが、この句は読み手の心に残り続けます。作者の池田氏を始め多くの俳縁は、増俳なくしては得られませんでした。季語が入って五七五なら俳句なのか、季題の力とは何なのか、安易に季語をつけることをしないがゆえの無季句の難しさなど、それまで思い及ばなかった様々を考え続けながら、この十年の全ての縁に深謝致します。(今井肖子)


40583  電源船   
[2016.08.05 19:55Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月4日(木)


飛ぶヘリの下で動かぬ蜻蛉かな



珍しく昨夜の夜勤は非常事態が発生しているさなかであっても眠ることができたのだった。なんで、( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \、てアハハ、あははと叩くとこんな絵文字が出てくる。センサーがオフになっていた。これはアタシの知ることではあーーーりません。日勤で切って元に戻さなかったことが原因。ということはこれからはセンサーなど切っておけばいいのだ人命にかかわることではない。そうもできないけれど知らぬが仏はけっこういいもねのでした。めでたしめでたし。

眠るというのは確かに楽になるもので少し早くすっきりと目覚めらる。図書館へ。いきなり目に飛び込んだのは 別冊・太陽 写実絵画の新世界。パラパラ見ていて即刻購入する気に。アマゾンで購入しお昼を済ませプールへ。アタシってトンボプールしかないのですか日々人生が。左の肩の痛いのは酔っぱらって寝しなにウィル・エクササイズをやっていた。痛むけれど肩は回る。昨日より今日のほうが楽ということは徐々に復帰しているということだろう。小刻みに泳いだので合計が定かでないたぶん1400くらいこなしているはずだ。夜勤明け明日から三日休みが続くというのは気持ちも体も楽にするのでした。

まずいけれど毎日トマトジュースを飲んでいる。トマトジュースの効用というのを紐解いてみた。1パック200ml当たりカリウム920 葉酸8-64μg リコピン20-53mg とある。良薬は口に苦し。ほんとにまずいのです。カゴメの甘いトマト・定期便。止めようかと考えていたのだけれどこのまままずさに慣れていこう。このごろずっと血圧が安定しているのはカリウム920のおかげだったと気が付くビールや日本酒や焼酎と比べるからいけないのだ。トマトジュースだものな。

今朝ムムムさんの出勤と出遭う。ニット風サマーセーターで朝にまぶしく肩にちらりと覗ける黒いブラの紐豊乳が揺れていた。いいなムムムさん。母一人子一人中学生男子。朝に突如男に目覚める。

我が家の本棚で探し物・小学生向きの植物の本 をしていたらなんと フェイスブック 1時間で使いこなす本 が出てきた。読んでない。2013年発行本。やだね。朝、この間かったばかりの500円ですべてがわかる本 を寝ながら読んでいたのだ。

歯をしっかり磨いて飲みなおす。休みだもの。

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厨房メモ

埼玉の枝豆・湯上り娘 ぶりの刺身 サーモンの中巻 こんなもので最初の一杯をやっていた。

画像は チョウトンボ 蝶蜻蛉と表記します。横から撮ると背なの美しい彫り物が見えないのが無念。ボケがいいからたぶんD700 500ミリ側。止まる草にも気を配る、茶色に変色している草に止まると綺麗さが欠けるのです。トンボはそんなことにかかわらず水辺に突き出ている草に止まる。複眼であっても色の識別はできてないトンボなのでした。

録画してあった 水族館ガール を観よう。

あの女の子のノー天気さがかわいいのでした。

あーー、タシロサーンとすれ違った自転車の女性。あらら、前から白いブラウスの胸の薄い若い女性が来ていたのは目の縁に。黒縁のメガネで気が付かず。バイトに出向くゆかりちゃん。ちゃんはないか。高校生がいつの間にか立派な若い女性だ。

自転車を止めて引き返しとりとめのない会話を。通学する母校の女子高生となんとなく会釈を交わしてそれ以来近所だから成長を時々拝見して10年くらいたつのだろうか。見るたびきれいになっていく。

40582  電源船   
[2016.08.05 07:09Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月5日  金曜日

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田の母よぼくはじゃがいもを煮ています

                           清水哲男
今母が農作業している。家族の生活を一身に引き受けている様を子が見ている。何か手助けをしたいのだが子に出来る事はそんなに多くない。母に言われたじゃがいもを煮る事が精一杯である。母さんぼくは一生懸命心を込めて煮ていますよ。男性には母を思慕する傾向があると聴く。父親が外で奮闘努力しても子の目に留まることが少ないのかも知れぬ。子が真近かで見る母の姿は究極の優しさに満ち、子は命ごと委ねて頼ってゆく。私世代の多くは戦禍を掻い潜って生き延びてきた。皆貧しかった。命の支えとなった母はそれこそ慈母観音の如きと思慕されるのであった。ゲーテが人生の最後に「もっと光を」と言ったとか。もしそんな時に小生だったら何と言うか、多分「お母さん」だろうな。『家族の俳句』(2003)所収。(藤嶋 務)


40581  電源船   
[2016.08.04 05:44Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

画像はみどりいろの顔を持つ ぎんやんま 飛翔は素早い。おにやんまに次いで巨大トンボ。これを掬えば雄雌獲得できたのに子どもらよ。

40580  電源船   
[2016.08.04 05:37Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月3日(水)


夏の旅車内放送ふにゃふにゃり



電車のアナウンスってなんであんなに聴き取りにくいの。お経をあげているよう。なまじっかないほうがよろしい。一番後ろにいて見ていてえーさんもあれっておかしい、手に持つマイクと口との間が20センチは離れておりました。そうじゃないとくっつけてお経を始める。おおむねJRがそうですね。

平穏で平和な時を迎えることができた昨夜でした。どうやら退院はお盆明けということだった。皆さんどの顔もほっとなさっている。アタシはしばらくここへは行かないお盆の一日だけだ。あーーもったいない。

午前中はいくらか涼しく昨夜の夜勤は少し眠れたのですが我が家のベッドはなおかつ安穏、扇風機だけでお昼まで眠っていました。そういえば昨日は電車も止まるほどの、え、新幹線も止まったのですか、ものすごいゲリラ豪雨だったよう。当地はケサランパサランごとく。

なんとなく久しぶりにプールへ。ゆっくりとケツ上げ筋肉バタフライ200 200 600 200. 50分くらいでしたか。あとは長水路でやってみるだけ。今月は行って泳いでおかなくては。寝すぎて眠いのか眼がだるい~。

今週からあちこちで七夕が始まる。阿佐ヶ谷の七夕祭りも8月ではありませんでしたか。仕事を終えてよく歩いたものだったパールセンター。大昔仙台の七夕も出かけたような夢のようなたぶん出かけている50年以上も前のことだ。もう記憶にはありません。成人してからの50年昔は何もないと同じ。ビートルズの来日はいつだった。

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厨房メモ

うなぎを二日にかけて食す。大きいのだもの一度に食べきれませんでした。明日は明けでしばらく休みが続くけれどもううなぎはいりません。

40579  電源船   
[2016.08.04 05:35Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp


8月4日  木曜日

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ひるがほに電流かよひゐはせぬか

                           三橋鷹女
歩道の植え込みなどに細い蔓をからませてピンクの花を咲かせている「ひるがほ」を見るたび思い起こす句。朝顔に似ているのにそのはかなさはなく、炎天下にきりりと花を開き続ける様子は電流が通っているようでもある。鷹女の句は機転や見立てが効いている表現が多いように思うが、それだけで終わってはいない。ひるがほを見ている自分もひるがほであり、ひるがほを通う電流は鷹女の身の内をも貫いている。しばらくは「電流かよひはせぬか」と「ゐ」をすっとばして覚えていたが、「かよひ」でしばし立ち止まって「ゐはせぬか」と自問自答することで、「ひるがほ」の存在感をたかめ、読み手にも「そうかもしれない」と思わせる呼び水になっている。鷹女の「雨風の濡れては乾きねこぢやらし」からスタートして十年、増俳木曜日を担当させていただいた。このサイトの一ファンであった私に書く機会を与えてくださった清水哲男さんと、拙い私の鑑賞を読んでいただいた方々に感謝します。ありがとうございました。『三橋鷹女全集』(1989)所収。(三宅やよい)


40578  電源船   
[2016.08.03 05:10Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月2日(火)


忙しきは昨日京都や今日蜻蛉




プールが休みなのでこれ幸いとちょっとだけ早起きしてふるさと公園カイツブリの遊ぶ池へ。いきなりシオカラ ヤンマ チョウトンボと三体のつながり生態を撮る。願ってもこれはなかなか出会えませんぞそれも三体も。おまけにカメラを抱えているヒトがいらっしゃると遠目に見ていたが近くにいらしておやまあ研究会の顧問、エフエフセンセイじゃありませぬかびっくり。今日はまだ何か出会うことがありますか。今日は重たいけれど合焦の早い一眼と50-500の超望遠。500ミリもそれ相応にしっかりした長玉のはずだったのに軽いネオ一眼で600ミリを使っているこのごろ500ミリはいささか物足りないのでありました。しかもデジタルズームを使えばそこそこ画像も荒れなく1600まで使える。これはもう一眼の台所ではないのでした。池のほとりまでぶら下げていくだけだからと持った一眼と長玉はずっしりと重くありました。

途中で雨、庇のある東屋へ避難する。まだ頑張っておられる様子のエフエフセンセイにご挨拶して先に失礼する。というのも同じ場所で同じものを撮り続けるのもこれも失礼かと遠慮したのでありました。そりゃ身を引きます。センセイは遠い隣町から、あたしゃ明日でも来れる。エフエフセンセイにはつい昨日京都へ行ってきましたと要らぬことを言ってしまう。暑かったでしょうと八朔のことは気が付かないようでした。そういえば芸舞妓さんたちがせわしく行きかう通りの中で小さな料理屋さんから出てきた板前風のヒト、今日はなんでしたっけね。八朔とお答えしたらあーー八朔八朔と知らないようでもありました。地元の人に八朔を教える。

京都でなにして伊勢の赤福なのよ、と思いつつも買ってきた赤福を食べる。今日の夜勤、平穏無事でありますことを。暴れん坊お姫様が骨折入院、8月に入って帰ってきているはずだ。ドアにカギを掛けないで過ごせる平穏な日々が2週間くらいは続いていたのだろうか。

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厨房メモ

最近目が疲れる。1時間もパソコン画面を見入っているとぼんやりしてくる。焦点が定まらない。エフエフセンセイも眼が疲れるようになってきていていけませんとおっしゃっていた。メガネが合わないのかな。

カメラの合焦はAF。

40577  電源船   
[2016.08.03 05:07Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月3日  水曜日

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凡句よし駄句よし宇治に赤とんぼ

                           清水哲男
懲りずに相変わらず凡句・駄句を生産している者にとって、心強い句である。句会で高得点を目指して、五・七・五の指を折っている初心者に向けて、哲男は慰めの言葉をかけているわけでは必ずしもない。ここで言われている凡句・駄句というのは、箸にも棒にもかからないような句のことを言っているわけではなかろう。それらを「よし」として、だからと言って、うまい句をいたずらに期待しているわけでもあるまい。「良い句」を作ろうとして、そんなにムキになるなよ、ムキになったところで「良い句」ができるわけではない、という哲男の精神が言っていると理解したい。当方の本欄担当は今朝で最終回だが、これまでずっと取りあげてきた「文人俳句」は、シャカリキになっていわゆる名句を毎回物色していたわけではない。名句は夥しい数の俳人諸兄姉にまかせておけばよろしい、と考えてきたつもりである。句会でも同じことが言えよう。掲出句には哲男らしい俳句観が裏打ちされている。「宇治」といえば、哲男は学生時代に宇治に下宿していたことがあった。学生時代には俳句を作っていた、それが凡句・駄句であってもかまわない、という意味合いも含めているのであろう。当時の宇治では、赤とんぼがたくさん見られたにちがいない。秋には少し早い時季だが、今朝はあえて掲出句を選んだ。哲男が宇治を詠んだ句に「宇治や昔オルグ哀しも新茶汲む」がある。『打つや太鼓』(2003)所収。(八木忠栄)


40576  電源船   
[2016.08.02 06:13Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp


8月2日  火曜日

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香水に思い出す人なくもなし

                           清水哲男
増俳満了まであと6日。今日が最後の火曜日です。読者であった10年と、書き手となった10年の思い出が錯綜します。パソコンにはショートカットキーなるものがあります。ことによく使われているのがundo(アンドゥ)と呼ばれる復活のコマンドです。左隅のCtrlキー(macだとコマンドキー)を押しながらZを押すと、ひとつ前の動作に戻ります。これを覚えておくと、うっかり消してしまった画面や、誤った選択をしたとき元に戻ることができるのです。人生にはたびたびこの復活のコマンドが使えたらどんなによいかと思う瞬間が訪れます。掲句で思い出される人とは、遠い過去の知り合いでしょう。香りの記憶はさまざまな思い出を引き連れて、やや強引に迫ってきます。下5の言い回しは作者特有の恥じらいと、すべて思い出すことへのためらいを感じさせます。作者はふっと横切る香りのなかで、復活のコマンドを使うことなく、おそらく固有名詞さえ思い出すことを封じて「なくもなし」と完結します。清水さんの俳句作品には〈四股踏んで雀の学校二学期へ〉〈だるまさんがころんだ春もやってきた〉のような相好が崩れる愛らしいものと、掲句や〈釣忍指輪はずして女住む〉〈糸の月人に生まれて糸切り歯〉のような臈長けた色香が混在することも特徴です。ときに甘やかに、ときにクールに、絶妙な匙加減で読者を楽しませてくれるのです。『打つや太鼓』(2003)所収。(土肥あき子)



40575  電源船   
[2016.08.01 21:27Mon]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
8月1日(月)


八朔に出向く京都の花街へ



いいなあ、先斗町。

切符の名前がいいね。青春18切符京都までなんと2730円でした。それも往復。片道1365円という割り算。京都まで生き返り3000円かからないんだもの。

八朔は八月朔日を略したもの。祇園宮川町界隈の芸舞妓さんたちのお正月。でした。おめでとうさん。

そうだ八朔ではありませんか。急遽京都行きが決まる。まったく心の準備がなかったのでした。ま、いいじゃない。どうせ暇だし休みだし酔っぱらってるけど。行きたかったし。手際よくすーさんが切符を買って準備してあったのでした。素晴らしい。京都までJRの時間だけで3時間ちょっと。日曜飲み会で翌日ということ。ちょっと早起きがつらかった。芸舞妓を今夜の夢にうなされるのではなかろうかと言うほど見る。宮川町、つまり祇園界隈は正装した芸舞妓さんたちで埋め尽くされてました。まてまて、埋め尽くしていたのはカメラマンだった。パンをかじりながらお握りをほうばりながらシャッターを切り続ける。昼間の祇園には3度は来ている。なんとなく状況がわかってきていたのでした。すーさんが言うには1万歩カウンターしたようでした。とにかくくたびれました。

帰りのJRでモルツを飲むもあたりにくたびれていたのか全然アルコールが回らない。眠いだけでした。

人様のそれも芸舞妓はんたちの顔に何の遠慮せずもなくバシャバシャシャッターを切れるなんてなんと幸せなこと。モデル撮影会でなければこんな機会はないでょう。お正月だから許されること。肖像権ってありまっせ。ただしだらりの帯の舞妓はんの姿はありません。皆さんお茶屋さんへのお正月のご挨拶ということで正装です。

暑くて足はもつれてハラは減ってくるし担いだカメラザックはそれなりに重たいしそれでも芸舞妓さんたちを追いかけまわしながら来年も来ようと感じていたのでありました。京都ってこの間も出向いたような気がする。なんとなく身近なものになってきてます。ただカメラマンのほかは中国人ばかりだ。駅も祇園も。市電の中も。言葉が通じれば仲良くなれるな中国人。Aー子さんガイドのボランティアやると言ってたけれどやってください。日中友好こうしたことから少しづつ始まるものだ。人類皆平和。認知症患者も正常者も。

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厨房メモ

4回くらい乗り換えただろうか。アタシ一人じゃ無理だ。とうてい京都まで青春18きっぷじゃ到達できない。仲間のキヨミズさんはさっさと新幹線を使っていた。そうねお金の問題よね。このブルジョア。

京都駅で京都タワーを見られる限りシャッターで納める。スカイツリーはデータが消えてしまったし。東京へ行く機会があったらもう一度スカイツリーを。あーあ別にしておけばよかった。

40574  電源船   
[2016.07.31 10:54Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月31日  日曜日

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雲湧いて夏を引っ張る左腕なり

                           清水哲男
深緑色の球場の向こうには、入道雲が湧いている。真夏の甲子園。エースの左腕は、予選から数えれば10試合以上、投球数は1000球を超えて夏のチームを引っ張ってきた。そればかりではない。地元からは、何十台ものバスを連ねた応援団を呼び寄せ、高校野球ファンたちを球場に誘い込み、全国津々浦々の食堂・床屋・お茶の間のTVの前に人々を釘付けにし、スポーツ紙の売り上げを伸ばしている。酒場では男たちが、金田正一・鈴木啓示・江夏豊・工藤公康といった往年の左腕を語り、「山本昌は甲子園に出られへんかったから肩を消耗せずに50歳まで投げられたんや」とか、「それに引きかえ近藤真一は甲子園で投げ過ぎて入団の時には肘の反りがなかったんやで」とか、「それ 考えると工藤はええ野球人生やな」など、野球になると口数が多くなる男たちの夏の話題も引っ張る左腕。今年の甲子園では、そんな左腕が現れるだろうか。ところで、野球は左利きに有利なスポーツだ。バッターなら、右利きより一歩分一塁ベースに近い。イチローが右打者だったら、大リーグ3000本安打は無理だっただろう。足で稼いだ安打が多いですから。では、投手はどうだろうか。詳しいところはわからない。右も左も投球の質そのものに違いはないだろう。ただし、打撃有利な左打者に対する左腕は、球の出所が見えにくいのは周知の通り。そう考えると、左腕はやはり有利であるようだ。そんなことよりも、事はもっと単純で、左腕はかっこいいのである。私が少年野球をやっていた時、チームは全員右利きだった。左腕は、TVでしか見られない憧れだったのだ。さて、もう一度、掲句を読んでみて下さい。この五七五は、「振りかぶって、第一球を、投げました」のリズムに重なります。『打つや太鼓』(2003)所収。(小笠原高志)


40573  電源船   
[2016.07.30 05:59Sat]
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7月29日(金)


母と子で補虫網持つ水辺かな




少し早く起きて、というのもしっかり眠ったりすると今日の夜勤に差しさわりが生じる。眠りを少し取っておいたほうがいい。月末まで入院と言っていたからそのまま変更がなければ今夜も平和な夜を迎えることができる。行ってみないとわからない。

1時間くらいとふるさと公園へ。昨日もふるさと公園は受けました。見たこともないモリオガエルの説明や卵などどう説明しても上の空の子どもたち。ふるさと公園のオタマジャクシ知ってる? と訊いた時の子どもたちの反応、15人みんなではないものの何人かの笑顔が大きくうなずきながら輝いた。ぎょぎょランドやふるさと公園は結構子どもたちも出向いているのだ。見たこともないカエルの説明をするのなら見たことのあるオタマジャクシから入るべきだ。と学習する。

ちょっとふるさと公園へチョウトンボの撮影。いきなり水面を瑠璃色の飛翔体なな、なんなんだと姿を追ったらカワセミでした。ふるさと公園カイツブリ池で翡翠発見。時々水面を滑走するけれどとてもとてもファインダーには捉えきれませんでした。去年沢山見たウチワヤンマの姿がない。もっともトンボはたくさん飛び交っているからこの中にいるのだろうが。しばらくが2時間になる。風がないので暑くて暑くて水を飲みカレーパンをかじりながら帰ってきたのでありました。先日と今日でチョウトンボの画像はしっかりと保存できました。

固定電話が鳴る。あまり出たくない。しかしあまりになっているので受話器を取り上げて無言を決め込む。そのまま切ったら再びなる。こりゃヘン。出たらオカダさんでしたあーーごめんなさい。ケータイに入れてくれればいいのに。エヌシマさんが亡くなった知らせ。結局お見舞いにはいかぬまま。来月市民葬を行うので日にちが決まったら行きましょうということで。82歳か。困ったな。あと7年しか残されてない。ヒトはヒトアタシはアタシと踏ん張る。

今日も筋力バタフライのトライ。1キロ。ゆっくりだから40分くらいかかったかもしれない。とうとう泳法を変えてから初めての1キロに乗る。泳げるうちは大丈夫だ。吹き出す汗をぬぐいもせずトンボを撮っているし。

車検証ができたと連絡が入っていたのでダイハツへ受け取りに。笑顔の素敵ないつもの体の大きい女性がうんうん言いつつ運転席に入って貼ってくださる。コペンは絶対運転できませんね。ごめんなさい。アタシが貼るべきでした。つぎはそうします。
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厨房メモ

ちょっと早いけどうなぎをご飯に混ぜて。ウナギは中国産。触感味のそん色はありませんでした。夜勤明けにまた食べよう。

昨日の男の大風呂敷。どこかの館長だか脱調だかやってようであれこれ言ってきて聞きもしないいのに鉱石は勉強してるとかたくさんあれこれ申し述べていた。そんなこと聞いてない。どうでもいいので聞き流していたけれどくたびれるのですよこういう自慢男が横にいると。あーー、また思い出してしまった。

40572  電源船   
[2016.07.30 05:56Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月30日  土曜日

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ふたたびは聞く心もてはたたがみ

                           稲畑汀子
はたたがみの、はたた、は擬音語ともいわれるが、激しく鳴りとどろく雷のことをいう。掲出句、直接表現されていない最初の激しい雷の音が聞こえる。突然の雷には誰もが驚かされるが、室内にいれば命にかかわることはまずない。そうなると恐怖心は確かにありながら、どこか自然の力を目の当たりにすることを望むような心理も働く。聞く心、という一語には、二回目は驚かないという理屈をこえた作者の自然に対する思いが感じられる。この句は句集『さゆらぎ』(2001)より引いたが、そのあとがきに「二十一世紀はもう一度、「人間も自然の一部である」という根本に立ち返り、人間と自然の調和を考えなければならない」とある。二十一世紀になってからの十数年間のさまざまを思い返すと、漠然とした憂いに覆われる現在である。(今井肖子)


40571  電源船   
[2016.07.29 16:57Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月29日  金曜日

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飛ぶ鳥の腋平らなり朝曇

                           櫛原希伊子
今日様の窓を開けると鳥が飛んでいる。翼をいっぱいに広げて飛んでいるので腋がぴんと平らに張られている。折しもの朝曇り、さして眩しくも無い空の色がしっくりと目に馴染む。来し方も平凡、行く末もそうありたいなどとふと思う。ワタシも随分遠くまで飛んできたものだが、思い残す事もさしてないなあ。などと清々しい気分で空を眺めている。今日も斯く安らかな命の一時を得て、お茶がことさら美味しい。他に<目にふれるものことごとく旱石><宇や宙や土用入りなる作法あり><のどぶえの湿りほどほど天の川>など。俳誌「百鳥」(2014年10月号)所載。(藤嶋 務)


40570  電源船   
[2016.07.28 19:36Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月28日(木)


山深く両手で受ける夏の雨


遠出するときにいつも気にかかるのはTSUTAYAで借りてきているものがないだろうかという心配だった。万が一、つまりこの世にいなくなったりしたとき、あの狭い山道崖から転落ということだってあるかもしれない。借りている延滞金がかさばる。しかしみみっちいことに気が付くも今朝は一先ず7時過ぎに返却ボックスへと走る。借りていたのは コピーを済ませてもう用の済んだロッキーシリーズ。でした。

なんか道路工事解除したのではなかろうかとも立て看板でわかったのだったがえいままよ、狭い山道を走る。落石があるかもしれない。前から来る車も当然ある。今日は半日仕事だ。半日仕事であったところで燃費は変わらない。それなりの緊張感もそれなりの前日からの準備も変わらないむろんガイドも。はっきり申し上げてこれで5000円という賃金はつらいです。ほとんど取り分はありません。命がけのボランティアとなる。

去年は雨でガイドなしということでやはり賃金は半額の5000円にされてしまった。はっきり申し上げてやってられません。寝ていたほうがよほどいい。この日はこの日にかけて仕事も休んで出向くのです。このためにどっかでどなたかに迷惑もかけている。燃費使って緊張して休みをもらってくたびれるのですねん。

お疲れさま。

ただ子どもたちが素直でかわいい。出向くのはこれだけです。ミコトもマコもリンネも班が違って一緒には歩けなかった。ごめんね。

もうあと最終林道までわずかという地点で笹舟の作り方を教えていた。環境的に言えば国定公園葉っぱも採取してはいけません。だけどそう難しいことは言わないでと、いつものごとく。と言うのも今日の校区の小学校は傍に佐奈川が流れていて笹は通学路で撮り放題だい。聞けば笹舟の作りかたを知っている子は15人誰もいなかった。いろんな植物の連鎖やら森の在り方そんなものよりここに至りて今日も15人が躍起となって目を輝かせたのでした。こーじま校長まで浮き立っている。たしろさーーん、こっちも教えて笹舟の作り方。

むろん夏の学習で山に入っているのはわかってます。しかし雨は降って生きている言ってることはたぶんあまり面白くないくたびれて茶色になってしまったカエルの卵などにどんな興味がわくものですか。アタシがわんぱくだったらよくわかる。ここにいたりて15人輪になってどっとエキサイティングしていたのでありました。これでいいのです。森林の役目など小学5年生野外教室の山歩きにどれだけ教えられますか。自分の子どもじゃないのだ。楽しく山に入ってもう一度家族で入ってくれればよいのではないのか。思い出作りの一つであってよい、とアタシは考えている。

ところがこの笹舟づくりがお気に召されなかったらしい。元請けの一人オオーグという年寄りにひどく叱責される。そんなことよりアタシはひどくびっくりする。学習の時間であるから遊びはよくないとおっしゃっていた。このまま聞いていればアタシのことだたぶん喧嘩になる。この頃は出来れば言い争いは避けようと心がけている。非がどっちにあろうと。

金持ち喧嘩せず

といことわざがある。金持ちではないがつまらぬことで言い争いにはなりとうない。あーー、ごめんなさいと弁当を小脇に生徒のいる小屋の中へと入ったのでした。ただひとことここで バカヤロー である。

野外教室は遊びつつ学習する。それでいいのではないか。長い間きららにつきあっているけれど今日はひどく不愉快な目にあいました。報告まで。なに様と思っているのだ 穂の国。こっちはほとんどボランティアだぞよ。

あまりに腹ただしく帰ってきてからちょうど届いた荷の中を取り出してから思い切り段ボールを蹴とばしていたのでした。当たるなら段ボール。ヒトに当たってはいけません。

引率の校長はかつての店のお客さん。アタシも気に入っていたこーさんだったのでちょっと昔話に。

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厨房メモ

ということで無事帰宅。イッパイやっとります。早く起きてトンボでも撮りに出向きたいけれど、無理かな。

でもほんとに腹立たしいあいつ、会ったとたん、あ、名刺を忘れてしまってと 首から下げた身分証を差し出して。知るかそんなもの。大体こんなとこで名刺など要るか。あほ、と感じたのが当たってました。天下りのお役人ですかおーーぐら。こんなのがいるとあたしゃもう行きとうありません。

40569  電源船   
[2016.07.28 03:37Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月27日(水)


風死して仏壇の花自転車に



そぼQそのひとつ。ポケモンGOと任天堂のつながり。ポケモンは任天堂の子会社だっのね。子会社がアメリカに乗っ取られたということなのか早い話。

そぼQその2.今回の知的障碍施設での事件。亡くなられた人たちの葬儀費用はどなたが持つ、入院されている人たちの看護費用はどなたが出す。当然施設側ですかね。現実的な問題なのでいささか気になりまして。

あの男の名が 聖、という名も凄いです。

普段寝てないものだから今朝も目覚めたのはお昼近く。午前中が睡眠でつぶれる。仕方ないですか。お昼を済ませてプールへ。体がだるくて体がだるくて夏バテ寸前。今日も夏バテ押し切って筋肉バタフライの学習。一回を600メートルまで伸ばしてみる。水没せず何とか頑張れる。このままこなしていけばあと2ヶ月筋肉バタフライ1キロが完成するかも。という手ごたえを感じたのでした。腕が痛い。明日は子どもらの避暑地、標高1000メートルの段戸湖きららの里へ。

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厨房メモ

オクラのねばねばが炭水化物糖を丸め込み血糖値の上昇を抑えると nhkガッテンで。

なるたけ細かく刻んだオクラ・生 水 を箸で混ぜる。1時間ほど置いたほうがねばねばが多く出てくる。御飯やソーメン冷や麦でたれに混ぜて食す。明日はスーパーのオクラが消える日かも。

増殖する俳句歳時記毎日アップしていたのだけれどこの8/8日で目標の1万ページ達成。終刊になるようでした。お疲れ様でした。

写経と言われているアップの仕事もなんとなくのピンチヒッターがレギュラーになってしまっていてのこの日が最後。ときどきサボってはいましたけれど。

40568  電源船   
[2016.07.28 03:32Thu]
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7月28日  木曜日
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古傷にじんわり沁みてくる夕焼

                           金子 敦
古傷はいろんな場所にある。身体にも残る古傷同様、心に残る古傷がふっとよみがえる。そんな時には思い出すことが自体が苦しく、恥ずかしく、そのときの情景や言葉が心に痛いのだ。なんて浅はかだったのだろう。西に沈んでゆく夕日が雲を染めるとともに自分の中の古傷にじんわり沁みてゆく。そんな情景だろうか。先日遥か南の島で太平洋に沈んでゆく夕焼を見た。水平線に沈んでゆく夕日の最後の光が波間に消えるまでたっぷり1時間はあっただろうか。壮大な夕焼けのただなかに立ち、古傷にじんわり沁みてゆく貴重な時間だった。『セレネッラ』第8号(2016年6月)所収。(三宅やよい)



40567  電源船   
[2016.07.27 08:45Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月27日  水曜日

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梅干しでにぎるか結ぶか麦のめし

                           永 六輔
通常おにぎりは麦飯では作らないだろう。好みによって何かを多少混ぜたご飯をにぎることはあっても。だいいち麦飯はバラついてにぎりにくい。敢えて「麦のめし」を持ち出したのは、六輔の諧謔的精神のありようを語るもので、おもしろい。「おにぎり」と言い、「おむすび」とも言う。どう違うのか。諸説あって、敢えて言えば「神のかたち」(山のかたち)→三角の「おむすび」。「おにぎり」のかたちは自由とか……。そのなかみも梅干し、おかか、たらこ、鮭、佃煮昆布……など、いろいろある。掲出句はなかみを梅干しにするか否かで迷っているフシがあるし、にぎるか結ぶかで逡巡していて、むしろ可笑しくも愉快ではないか。六輔は今月7日に亡くなった。3年前の7月の東京やなぎ句会の兼題で、柳家小三治が掲出句を〈天〉に抜いた。ほかに二人が〈五客〉に抜くなど好評だったようだ。六輔の「とりどりの羅源氏物語」の句も評価が高かった。俳号は「六丁目」。その句会では六輔の発言は少なく、元気で参加していた加藤武も大西信行もその後亡くなったし、欠席していた入船亭扇橋や桂米朝も亡くなった。『友ありてこそ、五・七・五』(2013)所載。(八木忠栄)


40566  お知らせ   
[2016.07.22 10:41Fri]
□Sonnet p1038-ipbf1007souka.saitama.ocn.ne.jp

「増殖する俳句歳時記」は8月8日の清水哲男さんの鑑賞をもって終了されるそうです。

過去記事は何時でも見られるよう保存されるそうです。

http://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/

40565  電源船   
[2016.07.21 05:58Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月20日(水)


海原へ旅立つ金魚ポイ破き



何としても習得せねばならない体の一部分が常に水面から出ているバタフライの4月改正ルールに則った正しい泳法。ヒトの泳ぎをDVDで見て今日はケツを水面から浮かす努力をしてみる。ずっと顔を上げているのは不自然だ。ひとまず行って帰ってくるが精いっぱい。ハットリさんが 努力してるねえ出てるよお尻 。慣れないフォーム改善で力の配分ができてなくまずは疲れる。あと、2ヶ月何とかなりますかねハットリさん。これで何とかできたら立派なものだ。とにかくそれなりの努力はしてみよう。と決意する。

A3ノビにぎりぎり合わせてマットを作ったのではめ込むのに苦労する。全紙大の額だけれどけっこう見栄えよくマットがなじんでいた。まあおおむねよかろう。来年市民展出品作品が早々とできてしまった。早すぎるか。まだこれからも写真ができますよ。早すぎるね。

うだるような暑さとはこのことだ。しっかり栄養補給しないとバテるぞ。この暑いのに走っているヒトもいる見上げたものだけれど参ったね。とても無理。プールで泳いで歩いて帰ってきて即シャワーを浴びている。これだけでもくたびれるのに。よく寝だめをしておいた今日はたぶん寝かしてもらえません。

郷土文芸担当のケーさんから2作品、谷川俊太郎のパクリを見つけましたと電話が入る。。アタシもヘンだとは思っていた同じような語り口で似たような作品。国語の教科書に載っているのではないですかとケーさん。そういうことでしたか。小学生だけ別枠で10作品甲乙なしで選べばいいと思っていたので深読みはせず出来のいいのだけ選んでいたのだ。同じ発想が出るわけないものね。もうひとつ怪しいのがある。同じように書き連ねているからこれもパクリだろう決めつけてはいけないがヘン。やりまんな小学生侮るな小学生。選考をし直す。さっさと送ってしまったのだが猛暑日に余計な仕事が入ったやれやれ。

賞の対象は大人も子供も交えていいのだった。

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厨房メモ

しいたけバター

しいたけやらエリンギやらをバターで炒めるだけ。創意工夫はないね。ここへしし唐なんか彩でよろしい。

40564  電源船   
[2016.07.21 05:56Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月21日  木曜日

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どのくらい泣けば痩せるか答えよ虹
                           近 恵
ははは、である。昔、学校で映画が上映されたとき、それこそ最初から最後まで泣いている友人がいて、いったいどこを捻ればそんなに涙が出てくるのか不思議に思ったことがある。泣くという行為は自分の感情の発散のためには必要なことかもしれないが、最後は身体がひくつくぐらい泣けるのは幼い子供の特権かと思っていた。そうか、泣いたら痩せるのか!それにしても「どのくらい泣けば痩せるか」という問を虹に答えさせるなんて!こんな虹の句は初めてみた。雨上がりの空に滲む虹も答えに窮しただろう。「はがきハイク」14回(2016年6月)所収。(三宅やよい)



40563  電源船   
[2016.07.20 08:06Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月20日  水曜日


海づらの虹をけしたる燕かな

                           榎本其角
前書に「春晴」とある。雨あがりの海上が晴れわたって、鮮やかな虹が出た。海をまたぐ大きな虹だろう。その虹を、今しばらくは眺めていたいというのに、燕がせっかくの虹をかき消すかのように、わがもの顔で飛んでいるという、そんな景色が広がってきて気持ちがいい。海上の虹はるかに富嶽を小さく配したなら、一服の北斎画になるような句姿である。春のゆったりした穏やかな海、海上を大きくまたぐ虹、そこに燕の飛ぶスピードが加わって、みごとな絵になっている。燕が虹を消すかのようにスーイスイと飛翔していて、静止画になってはいない。其角には、他に「燕もかはく色なし五月雨」「傘(からかさ)にねぐらかさうやぬれ燕」など燕を詠んだ句がいくつかある。掲出句は『続虚栗』所収。(八木忠栄)


40562  電源線   
[2016.07.19 05:56Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月19日  火曜日

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丑の日や鰻ぎらひを通しをり

                           片山由美子
本日土用丑。本日ばかりは鰻屋に長蛇の列ができる。以前鰻屋のご主人と話したとき「鰻はハレの日の食べものだから、おなじみさんがなかなかできない」と嘆いていたことを思い出す。できたら月に一度は食べたいと願う筆者からすると、鰻嫌いな人が存在に「あれほどおいしいものがなぜ…」と首を傾げるばかり。掲句は『昨日の花 今日の花』(2016)に所載された一句。作品に続く小文には「鰻の蒲焼きが食べられない。昔は穴子も食べなかったが、天ぷらや白焼きは美味しいと思うようになった。ということは苦手なのは蒲焼きかも。皮や小骨が舌に触りそうでダメ」とあり(衝撃のあまり全文引いてしまった…)、苦手の根本が蒲焼きであることに二度驚く。そういえば、学生時代に「蒲焼きが裏向きになると皮が蛇みたいに見えるので、絶対に裏にならないように食べる」と言っていた友人がいたことを思い出した。裏返しにならないように気を抜くことなく進める箸では、おそらく味どころではなかっただろう。鰻を苦手とする各位が本日をつつがなく過ごせることを祈るばかりである。(土肥あき子)


40561  電源線   
[2016.07.18 20:47Mon]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月18日(月)


梅雨明けだ嗚呼ぐったりと梅雨明けだ



一先ず早起き、ハシモトさん宅へ。久しぶりに出向きお宅がわからなくうろうろする。言ってみれば狭い生活道路に巣箱のような住宅が整然と立ち並びアタシ酔っぱらって帰宅すればたぶん迷う。

巣箱はアタクシの住宅でした。ドア一枚顔がない。部屋番を探し当てピンポンするしかありません。とうとうわからなく電話を入れる。バカだねバカバカ。

昨日注文した外付けHDDかもう届いていた。バッファローが認識しなくどうやっても使うにはフォーマットしてください と警告が出る。3年間くらいの画像履歴が入っていたのにうっかりフォーマットしてしまったのだ。同じものでもう一台コピーしてあった。これも認識しにくなり動画を上書きしてしまった。反省の意を込めて今日からは3機に取り込むことにした。新しいHDDに一機分コピー中。122750の画像をコピーしている。6時20分に始めた取り込みが1/3くらいなのにただいま9時20分だ。けいさんからいえばあと7時間は要するようだ。取り込み完了は夜中になりそうだ。

画像を外付け3機にして万全を図る。

ハシモト宅のプリンタトラブルは純正のカートリッジに入れ替えてトラブル解消。徹底して汎用インクを使っているようで詰め替え用のカートリッジがたぶん認識しなかった。詰め替えインクもむろんいいのだけれど使い終わったカートリッジの扱い方がたぶん粗雑だった。と、原因結果の診断をしてきたこのきままではトラブるだろうからあるものは使い切るようにして徐々に純正に変えて要ったらどうかと申し上げる。安いはいいが時にトラブル。

朝日新聞大阪本社会議室、というところへ出向くチャンスが生まれた。行ってみたいじゃない。こんな機会そうそう遭遇できるものではない。全日写真連盟祇園の舞妓はんフォトコンで 銅賞 の知らせがあった。上から 1点2点3点の一枚になったのだ。肖像権の問題で個人のHPでもアップできない。ところがこの日は夜勤明けそのまま夜勤に入るになっていた。無理ですね、名古屋ならまだしも大阪だ。距離から言えば東京に出向くようなものだ。しかも大阪など一度も土を踏んだことがない。

何度も出向いた今日のハシモトさん宅でさえうろうろ戸惑っている。大阪など無事にたどり着けることなど考えられない。

あきらめる。次もあるだろう次は金賞獲得で。フォトコンは逃げない来年もある。出さなきゃ当たらない。が当たった。それだけのことでした。

顔上げバタフライの練習をする。顔を上げたままというのは25メートルでもつらいです。もたない。どうしましょう。30分の練習が終えるころケツを浮かすそのままキックを打つ、という流れを少し会得する。またある。ハットリさんが言うようにまだ2ヶ月。ここが正念場だ。普段はいい。マスターズのためのマスターズに合わせたバタフライの泳法を今日から始める。やってできなきゃ来年もある。マスターズも逃げない。必ずやってくる。

75歳の新しい挑戦が今日始まったのでした。

枝豆大好き、群馬の枝豆を茹でて食す。ビールのアテに。なんか香りちゃんとかしなやかちゃんとか名前がついていた。

越州 雪げしき・長岡 を常温でいただく。澱があるようなうっすらとした濁り酒。これがまたうまい。絶品。明日は午後から用事があるだけだやっとのんびり朝寝ができる。コップだとぐいぐいやってしまいそうなので小さめ足つきグラスでやってます。ご馳走さま長岡。

明日は今日納車したコペンの車検ができている。午後6時。軽でも経費は諸費用含めて10万くらい。四駆のサーフって20万くらいかかっていたのだろうか。交通網が発達していれば日頃の車などいらないのにね。

屋根によしずをかぶせて走っている軽に出会う信号で止まってしげしげと車の屋根のよしずを見ていて運転手と目が合った。あらま何年ぶりだろうかオオキイさんじゃあーーりませんか。窓が開いていたからエアコンが壊れた車なのだろうか。笑ける。ものすごくわらける。屋根によしずを張った車などこれまで見たこともない。大体効果あるの、?

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厨房メモ

アジの握りを食べる。おいしかった。

これからバタフライのDVDを見て学習しよう。明日はのんびりだし梅雨も明けたし。梅雨明け十日。ぎりぎり28日はきららの山歩き。

40560  電源船   
[2016.07.17 05:29Sun]
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7月17日  日曜日

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 蛍火や女の道をふみはづし
                           鈴木真砂女
切れ字はこのように使うのか。自然界と人間界を截然と切っています。蛍火は求愛。これと同様、作者の恋の本情も天然自然のリビドーです。蛍火に、人倫の道はありません。あるのは闇の自由の三次元。そこでは恋情が蛍光しています。真砂女には蛍の句が多く、手元の季題別全句集には、じつに48句が所収されています。「死なうかと囁かれしは蛍の夜」「蛍火や仏に問ひてみたきこと」「蛍の水と恋の涙は甘しとか」。ところで、真砂女よりはるか昔、和泉式部は「物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る」と詠み、蛍火に、恋する自身のさまよう魂を見ていました。両者は、似た心情のようにも思えますが、和泉式部は蛍と魂がつながっているのに対して、真砂女は蛍をいったん切り離したうえで自己を投影しているように思います。平安時代の和歌と、現代の俳句との違いでもあるのでしょう。さて、クイズです。真砂女が詠んだ季語の第二位は「蛍」ですが、第一位は何でしょうか。正解は、「雪」で67句ありました。蛍も雪も空間を舞い、やがて消えゆく儚い存在です。だから、句にとどめようとしたのかもしれません。「恋に身を焼きしも遠し雪無韻」。過去の熱い日々と雪積もる静かな今。時の経過が身を浄化しているようです。蛍雪の俳人真砂女は、夏に蛍を、冬に雪を詠みました。『季題別 鈴木真砂女全句集』(2010)所収。(小笠原高志)



40559  電源船   
[2016.07.16 06:12Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月16日  土曜日

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夜の青葉声無く我ら生き急ぐ

                           清水哲男
仕事の都合等で伺えなくなりずっとご無沙汰となってしまっている余白句会だが、句会記録だけは拝読している。今回久しぶりに過去の記録を読み返した中にあった掲出句、2013.6.15、第107回の余白句会で筆者が「天」とさせていただいた一句である。「青」が題だったので他にも青葉の句はあったのだが一読して、くっとつかまれるような感じがしたのを思い出す。今を盛りの青葉も思えばあとは枯れゆくのみなのだが、移ろう季節の中で長い年月を繰り返し生きる木々と違い、人は短い一生を駆け抜けて終わる。闇の中に満ちている青葉の生気を感じながら、作者の中にふと浮かんだ見知らぬ闇のようなものが、三年前よりずっと身近に思えてくる。(今井肖子)



40558  電源船   
[2016.07.15 06:06Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

7月15日  金曜日

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燕雀も鴻鵠も居る麦酒館

                           廖 運藩
「燕雀」はツバメやスズメなどの小さな鳥のことで、転じて小人物をさす。「鴻鵠」は大鳥や白鳥など大きな鳥のことで、転じて大人物をさす。小人(しょうじん)も大人(たいじん)も一つ屋根の麦酒館に居てわいわいがやがやとやっている図である。『史記』に「磋呼、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」とあり、小さな者にどうして大人の志が解りましょうやとの原典をよりどころにしている。中国の陳渉が、若いころ農耕に雇われていたときに、その大志を嘲笑した雇い主に向かって言ったことばとされている。小生の酔眼によればいずれ飯を喰らい糞を垂れるただのお仲間に過ぎないのではあるが。他に<すぼみ行く麦酒の泡や朋の老い><酔ひどれの生き血吸ひたる蚊の不覚><絵日傘やをみな骨までおしやれする>などあり。俳誌「春燈」(2015年9月号)所載。(藤嶋 務)


40557  電源船   
[2016.07.13 19:03Wed]
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7月13日  水曜日

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凉しさの累々としてまり藻あり

                           佐藤春夫
北海道の阿寒で詠まれた句である。北海道ゆえに夏なお凉しいはずである。湖畔に行くと、波に揺られながらまり藻がいくつか岸辺に漂っている。累々と浮かんでいる緑色のまり藻が、視覚的にも凉を感じさせてくれる。まり藻は特別天然記念物である。私は学生時代の夏休みに北海道一周の旅の途次、阿寒湖畔に立ち寄り、掲出句と同じような光景に出くわしたことをよく記憶しているが、現在はどうか? 現在は、立派な展示観察センターができていて、まり藻を詳しく観察することができるし、マリモ遊覧船で湖上を島へと渡ることもできるらしい。当時、傷んでいるまり藻は展示室でいくつか養生されていて、回復すると湖に戻してやるということをやっていた。その旅ではみやげもの店で売っているニセモノのマリモを買ったっけ。マリモは別の種類のもの(フジマリモ)が、山中湖や河口湖などに生息しているという。春夫には他に松江で詠んだ句「松の風また竹の風みな凉し」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


40556  電源船   
[2016.07.12 05:34Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月12日  火曜日

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月涼し風船かづらふやしては

                           宇野恭子
今夜は半月。球体の月が唯一直線を描く夜。風船かづらは、ムクロジ科の蔓性植物。小さな白い花が咲いたかと思うと、またたく間に緑の紙風船のような実がふくらむ。頼りない巻きひげはしかし、しっかりと虚空をつかみ天へ天へと伸び進む。うだるような夏の暑さにも負けず、涼やかな緑色の風船は、この世のものとも思われない軽やさで増えていく。それは夏の夜に月の力を得て、分裂でもしているようで、まるで小さな宇宙船が鈴なりに空へ吸い込まれていく姿にも思われる。見上げれば明るい月が手招くように、やさしい光りを差し伸べている。この不思議な風船になかには、やはり風変わりな種が収められる。黒い種にはどれも律儀にハートの刻印が押され、次の夏を待っている。『樹の花』(2016)所収。(土肥あき子)


40555  電源船   
[2016.07.10 18:24Sun]
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7月10日  日曜日

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ここにここに慶喜の墓梅雨曇

                           戸板康二
前書に「谷中」とあります。何人かで墓地を散策、あるいは吟行中。「ここにあった、ここにあった」の声が出て、最後の将軍、徳川慶喜の墓を見つけました。梅雨曇りのおかげで日差しは強くなく、やや湿りがちですが、それほど暑くないお散歩日和のようで座はなごやかです。「ここにここに」の声が出て、一同お墓に気持ちを寄せているからでしょう。そしてもうひとつ、読む者には、ひらがなと漢字を使い分ける効果を伝えています。「ここにここに」というひらがなの表記をくり返すことで、墓地を歩く一行は、句の中に「ここにここに」という足跡を残しています。「こ」で一歩。「ここ」で二歩。俳句だから「ここにここに」で百歩くらい。このひらがなの使い方は、 意味に加えた視覚効果です。下駄の歯形のようにも見えてきます。句集は縦書きなのでもっとそうです。少し迷ってやや回り道をしたので字余りなのかもしれません。そんな想像を読む者に託して、中七以下は、画数の多い漢字表記が中心です。「慶喜」は固有名 詞であるうえに、激動の時代を生きた彼の人生を思うと、ひらがなカタカナでは軽すぎます。「梅雨曇」は、この三文字で空を灰色に覆い尽くす力があります。上五はひらがなで軽くビジュアルに、中七以下は漢字で重厚に。日本語を読めない人は、この文字の配列をどのように見るのでしょう。世界には315種類の文字がある中で、複数の文字を使い分けているのは日本語だけです。使い分けを遊べる文字をもってる楽しさ。『花すこし』(1985)所収。(小笠原高志)


40554  電源船   
[2016.07.07 08:20Thu]
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>さらしに巻いた包丁
包丁一本晒にまいて旅に出るのが板場の修行~

40553  電源船   
[2016.07.07 08:16Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
7月7日  木曜日(七夕)

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法善寺にこいさん通り梅雨の月

                           ふけとしこ
今日は七夕だけど、この時期星々がまともに見えたことがない。どちらかと言うと雨っぽい空に恋人たちの逢瀬がはばまれる感じである。大阪で「こいさん」は末娘を表すようだけど、今はどのくらい使われているのだろう。「月の法善寺横丁」の歌詞は年配の方なら、ああ、とうなずく有名な歌だが、今どきさらしに巻いた包丁を肌身離さず修行に出るような板前もいないし、その帰りを待つこいさんもいないだろう。水かけ不動の法善寺で月を見上げれば厚い雲に覆われた梅雨空にぼんやりと白い月が透かし見える。法善寺もこいさん通りもその響きが時代に置き去りにされた遠さがあり、その距離感が「梅雨の月」に表されているように思う。「ほたる通信」2016年6月「46号」所収。(三宅やよい)



40552  電源船   
[2016.07.06 10:49Wed]
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7月5日(火)


日盛りや車の下で猫眠り




梅雨前線はしっかりと押し上げられているらしい。日本海側は大雨予報。こちらは蒸し暑くただただ暑い。ポストまで15分歩くもひとまずスポーツドリンクを飲んでから外に出たのだった。ハルナが自転車で帰ってくる汗の一粒も浮かべてない。暑さに強いんだとびっくりしたら今、休んできたから。そう問題じゃありません。どこで休もうと一歩出れば暑いじゃん。実習の介護施設からの帰りだった。

うっかりしてHPの画像容量が無料までの100MBを越えていた。プールは休みなのでサイトの夏の大掃除をする。これもまたうっかりで必要なものまで掃除してしまわなければいいが。ギャラリーはとうに閉鎖してしまった。閉鎖はしたもののどうやら画像が残っているみたい。この先どうせ復活させることもあるまい。JPGを選択して消しまくる。始めたころエヌムラ師匠に教えられこつこつリンクを張っていたサイトだった。ま、あれはあれ、今は今。

郷土文芸応募作品の選考をする。これもやれるときにやっておかねばやがて締め切りが来てあわてることになる。たくさん応募があった小学生作品の10篇選ぶのが14篇選んでしまった。この中から4篇削らねばならない。大人の応募はさっさと切り捨てるが小学生の4篇は辛い。そのままにしておく。日を改めて読み直すことに。最初から10篇選ぶ算段でやればよかったのにとちょっと悔やむ。

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厨房メモ

たこのフライ

ゆでだこ ガーリックパウダー 薄力粉 揚げすぎない さっと引き上げる。ビールのアテに最高。

40551  電源船   
[2016.07.06 10:46Wed]
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7月6日  水曜日

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薫風や本を売りたる銭(ぜに)のかさ

                           内田百閒
「かさ」は「嵩」で分量という意味である。前書に「辞職先生ニ与フ」とある。誰か知り合いの先生が教職を辞職した。いつの間にか溜まり、今や用済みになった蔵書を古本屋にまとめて売ったということか。いや、その「辞職先生」とは百閒先生ご自身のことであろう。私はそう解釈したい。そのほうが百閒先生の句としての味わいが深まり、ユーモラスでさえある。これだけ売ったのだから、何がしかまとまったカネになると皮算用していたにもかかわらず、「これっぽっちか」とがっかりしている様子もうかがわれる。「銭のかさ」とはアテがはずれてしまった「かさ」であろう。だいいち「カネ」ではなく「銭」だから、たかが知れている。先生もそれほど大きな期待は、初めからしていなかったのであろう。そこまで読ませてくれる句である。それにしても、どこか皮肉っぽく恨めしい薫風ではある。本の重さよりも薫風のほうが、ずっと今はありがたく感じられるのである。私も手狭になると、たまった本を処分することがあるが、その「銭のかさ」は知れたものである。近頃は古書を買うにしても、概して値段は安くなった。百閒には傑作句が多いけれど、「物干しの猿股遠し雲の峰」という夏の句を、ここでは引いておこう。『百鬼園俳句帖』(2004)所収。(八木忠栄)


40550  電源船   
[2016.07.05 08:36Tue]
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7月5日  火曜日

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人類の旬の土偶のおっぱいよ

                           池田澄子
乳房や腰まわりが強調された土偶は多産をもたらす象徴とされ、日本では縄文時代に多く作られた。母神信仰の象徴である土偶には乳房や妊娠線までもが描かれているという。「おっぱい」の語源には諸説あるが、なかでも「ををうまい=なんたる美味」が略されたといわれる説が好ましい。生まれて一番最初に向き合うもっとも大切なものの名にふさわしく、ふっくらとやわらかな語感を声に出せば、今も懐かしさと愛おしさに包まれる。掲句では、乳房のある土偶を前にして、人々が活気づき、輝いていた時代に思いを馳せる。人間ではなく人類としたことで、厳しい環境を経て二足歩行を覚え、道具を手にして生き延びてきた歴史にまでさかのぼる。子を生み、育てることが一大事だった時代にこそ、人類の豊穣があったのだと気づく。そして、掲句は無季である。私は力強い太陽が容赦なく照りつけるこそふさわしいと感じていたが、以前清水哲男さんが掲句を鑑賞した際には「冬の季節にこそ輝きを放つ句」とされていた。あるいは、初々しい春を感じることも、雨が緑の艶を深める梅雨の時期に重ねる読者もいるだろう。それぞれに手渡されていくときに、季節が邪魔になることもあると知る一句である。『たましいの話』(2005)所収。(土肥あき子)



40549  電源船   
[2016.07.03 21:25Sun]
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7月3日 

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 雲の峰暮れつつ高き岩魚釣り
                           飯田龍太
夏の暮れは遅い。険しい渓谷で、岩魚の食いつきをねばる。雲の峰は刻々と変化して、渓流の流れは速い。さて、この釣り人の釣果はいかに。それよりも、谷あいに居る釣り人が空を仰げば、雲の峰は高い。雲が動き、水流に糸を垂らす僥倖。動中静在。さて、釣り人はぐいぐいと岩魚を高く釣り上げたや否や。以下、蛇足。岩魚は野生味の強い魚で、貪欲に餌に食いつくけれど、針をのみ込んだまま滝を上ろうとしたり、大暴れして逃げ果せることもしばしば。その容貌には、太古を思わせる険しさがある。私 が釣り上げて最も怖かった魚の形相は、北海道知床で釣ったオショロコマというエゾの岩魚。その日、川の畔では熊が鹿を食い、食べ残した残骸を地元の漁師がガソリンをかけて燃やしていた。『山の影』(1985)所収。(小笠原高志)




40548  電源船   
[2016.07.02 09:11Sat]
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7月2日  土曜日

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岩牡蠣ををろちのごとく一呑みに

                           武田禪次
おろち(大蛇)を大辞林で引くと、〔「お」は峯、「ろ」は接尾語、「ち」は霊力のあるものの意]大きな蛇。(後略)、とある。掲出句は一読して、大粒の岩牡蠣をちゅるりと口に入れた時の感覚がよみがえり、ああ食べたい、と思わせる。をろち、というやや大仰な表現が逆に、蛇という生き物の持つさまざまな感触を一掃しながら一呑み感だけを強調して比喩として楽しい。食べ物を句にする時、説明ではない言葉で詠み手を掴んで、美味しそう、と思わせるのは簡単なようで難しい。『留守詣』(2016)所収。(今井肖子)



40547  電源船   
[2016.06.30 16:40Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月28日(水)


梅雨さ中段戸裏谷きららから



山道も行ってしまえばどうってことはないのだけれどアタシのコペンはペラペラのブリキ様式。こつと当たっただけで大きくへこむ。何はともあれ無事帰還。一年ぶりの山道これで果たしていいのだろうかと落石も警戒しつつ少し不安げに山道を走っていたのでした。

75歳で5年生女子の一人にナンパされる。もっとも5年生の集団しか居りません。付き添いの先生も写真班エズキ写真店の顔なじみ女子カメラマンも笑うくら懐かれるまして集合写真は手を引かれたまま傍に。ロッジの寝ている場所も教えてもらって泊まっていくことも勧められて結局お昼も一緒に食べることになっていよいよ別れ際運動会ぜったい来て頂戴と誘われたのでした。これをナンパと言わずにして何と言おう。先生に確認していただき運動会はどうやら9月。これは行かねば。夏休みを間に挟んで覚えていてくれますか。おまえ貰ってもらえと言われておりましたぞ。

この子たちの午前中の班はかろうじて雨は免れるも午後の班は途中から結構な降雨。合羽を着て学習もそこそこ急ぎ足ということに。まあそんな雨の中でも子どもたちは元気でまったくへこたれることはありませんでした。よかったね、裏谷段戸きららの山の中。笹の花をいたるところで発見。子どもらは無関心。もっとも花と言ったってあんな地味なもの興味も何もないのは当たり前でした。注視してなきゃアタシだって見過ごす。

たくさん撮らせ貰ったデータをうっかり削除してしまいまあ、タイヘン。ただいまものすごい時間をかけてカードリカバリー・体験版で復帰させているのだけれどこんもの上手くいくのかね。ひとまずチャレンジしております。まあそんなこともあったりして道中無事で何よりの宝。

持って出したお弁当の中身で受けたのはポテトサラダ。子どもら・女子はこんなもの好きなのですか、男子には肉を取られる。子どもらのお昼はキュウリ一本と五平餅。不思議な取り合わせに思わず目を丸くする。絶対食中毒にはならないねそんな配慮もあるのかもしれない。森林散策は7月にもう一回。校区の小学校。住宅の子どもらに今日問いただしたら3人男子がおりました。

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厨房メモ

6月も終わりだ。

スズメの餌付けに成功。あとはこちらの姿を隠す作業へ。雨の森歩きも滅多にない体験かえって良かったかもしれません記憶には残るだろうから。いささか足が痛くてバタ足が打てますか。と思うも変わらずゆっくり1キロバタフライ。

豚薄切り肉の夏炒め 春菊 しめじ マイタケ こんなもので炒める。塩・コショウ。

40546  電源船   
[2016.06.30 16:38Thu]
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6月30日  木曜日

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カタバミは山崎自転車屋のおやじ

                           芳野ヒロユキ
カタバミはピンクや黄色の小さな花をつけてクローバーのような葉っぱを茂らせている。路地やちょっとした茂みにおなじみの花だけど名前を知ったのは俳句を始めてからだった。ありふれているからと見過ごしているものがどれほど多い日常か。それにしてもカタバミは山崎自転車屋のおやじ、って断定がすごい。その断定がそのまま俳句になっているのもびっくりだ。まったく結びつかないようでいて一度呟いてみると忘れられないインパクトで記憶に刻み込まれてしまう。店先でパンク修理をしている頑固そうなオヤジさんが映像として浮かび上がってくるからだろうか。そうかゴツイオヤジなのにカタバミだったのか。『ペンギンと桜』(2016)所収。(三宅やよい)



40545  電源船   
[2016.06.29 04:15Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月29日  水曜日
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すべすべもつやもくぼみもさくらんぼ

                           小沢信男
詠まれているのは、まぎれもないさくらんぼのいとしおさである。さはさりながら、それにとどまるものでないことは言うを待たない。「すべすべ」「つや」「くぼみ」――それらは、ずばり女体である。老獪な信男による女体礼讚となっていると読みたい。よって、このさくらんぼの形体も色つやも、さらに旨味さえもいや増してくるのだ。句が平仮名書きになっていることによって、なめらかさを強調していることにも注目しなくてはならない。きわどい句ではあるけれど、嫌味は寸分も感じられない。《骨灰紀行》のある信男にして、このエロティシズムはみごと! 何年か前、ある団体の詩のセミナーを山形市で開催することになり、担当していた私は、どうせなら、さくらんぼの時季に合わせたらいいという提案をして実現した。セミナーの翌日、高価な佐藤錦をみんなでうんざりするほど(木に登ったりして)食したことがある。「桜の坊」→「さくらんぼ」は日本に、佐藤錦、高砂、ナポレオンなどをはじめ1000種類があるという。もちろん生産量は山形県が圧倒的。信男の夏の句には「うすものの下もうすもの六本木」がある。掲出句は当初、第三句集『足の裏』(1998)に収められ、その後、全句集『んの字』(2000)に収録された。(八木忠栄)



40544  電源船   
[2016.06.27 21:11Mon]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

土肥あき子さんが手にとり、なんだかベタベタする、と言って手を洗いに行きました。

これ笑けます。可笑しい。ものすごく可笑しい。

40543  電源船   
[2016.06.27 21:05Mon]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月26日  日曜日
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竹夫人背より胸の透けゐたり

                           田島徳子
六月十八日。第125回余白句会の兼題は、「竹夫人(ちくふじん)」でした。「絶滅寸前のこの季語の例句を増やそう。」騒々子こと井川博年さんの声かけです。私は、竹夫人の実物を見たことがありません。写真で見ると、竹で編んだ抱き枕のようなもので、1mくらいでしょうか。出題の井川さんは、最近、整体院で見たそうで、そのままの写生句「マッサージ台にごろりと竹夫人」。昨今、冷房が整っているので、寝床から竹夫人は消えましたが、指圧の時には重宝されるようです。ところで、私の家に、うなぎを獲るための竹で編んだ細長いしかけがあります。いつか川に仕掛けて、天然のうなぎをさばいて食おうと数年前から用意しているのですが、いまだ未使用です。これを竹夫人に見立てて一週間ほど抱いて寝ましたが、名句は生まれませんでした。これを句会に持って行ったところ、土肥あき子さんが手にとり、なんだかベタベタする、と言って手を洗いに行きました。無理もありません。失礼致しました。実際の竹夫人にもそんな淫靡な湿っぽさがくっついているのではないかと思うのですが、掲句には、それを払拭する清涼感があります。竹夫人を使用する人と行為よりもまず、竹夫人そのものに即した描写をして、品を出しました。なお、「背」は「せな」と読ませています。句会では多くの讃辞を得て、堂々の「天」。田島さんの俳号は多薪(たまき)でしたが、次回からは稲狸(いなり)になるそうです。(小笠原高志)



40542  電源船   
[2016.06.21 16:52Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月21日(火)


痩せていく実をこぼしつつ小判草



朝方猛烈な雨だった。隣町の大きな書店・精文館へ切りなおしてくださったマットの2枚を取りに行かねばならない。ついでにクラブの集会もある。マットを取りに行くのはこの雨じゃとうてい無理です、と一眠りして目が覚めたら嘘のように雨はやんでいた。それではと安心して二眠り目に入る。11時ごろ目覚めて・部屋にいるとよっく眠れるのです。

あーー、生ごみの日。いつもは午後過ぎても取りに来ないのにきれいさっぱりなくなっていた。次の金曜まで保管。こんなもの保管したってどうしようもありません。

早めに出てマットを受け取る。念の為と、A3ノビのプリントを持参してあてがってみた。最初からそうしていればこうして何度も足を運ばず済ますことはできたのに。きれいなマットが仕上がった。白と黒。マットなど一生ものなので穏やかにこれからも暮らしていことができればもう作ることはあるまい。

その足でクラブの研究会へ。15時からの2時間ではあるけれどこの2時間が結構草臥れる。和室というのがくたびれるのだった。

金曜伊勢まで出向く。こっちからはえーさんと二人だけ。えーさん運転で伊良湖まで出向くので迎えに来ていただければありがたいのだが肝心のえーさんが奥様ともども風邪をひいてしまったらしい。おやまあ。詩明後日というのにはっきりしない。夏風邪ですか。しんどいこった。アタシは夏でも帰ってきたらうがいと手洗いは欠かせない。とくに買い物から帰った後はアブナイ。油断は禁物。体が資本なのでした。

小さな烏賊が買ってあったのでシイタケともどもさっと煮つけて夕食のアテに。イッパイは飲めない仕事だ。研究会当日も休みを入れよう来月から。くたびれているから夜勤ついでにしっかり寝てしまえという選択肢でもいいのだけれど。

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厨房メモ

枝豆

極上に茹でるには塩水に15分ほど浸しておきそのあと水切りしたら改めて塩をすりこむ。少々お値段ははるも 瀬戸の本塩・味の素 はおいしい。茹で上がったら瀬戸の本塩ですりこむといい。これくらい手間を惜しまず対峙すると枝豆は極上になる。

40541  電源船   
[2016.06.21 08:35Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp




6月21日  火曜日

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代掻いて掻いて富士には目もくれず

                           黛 執
田植え前の準備である代掻きとはいささか時遅しとも思うが、田植えを終える目安の半夏生まではまだ少し間があるということでお許し願いたい。生まれてから20年余を静岡市で育ったせいか、富士山は方角を知る目印のような山だった。毎日当たり前のように目に入る山が、どれほど美しいものだったのかを知るのは、遠くに離れてからである。代掻きは現代のトラクターを使用する方法でも、ひたすら田の面を見つめ、往復を続ける作業である。掲句でも「掻いて掻いて」の繰り返しに、その作業が単調であることと、なおかつ重労働であることが伝わる。ほんの少し目を上げれば美しい富士があることは分かってはいる。その「分かっている」という気持ちこそ、ふるさとの景色に見守ってもらっているのだという信頼関係を思わせる。仕事が終わり、もう暗くなった頃、富士のあったあたりに目を上げて、一日の無事を知らせるのだろう。『春の村』(2016)所収。(土肥あき子)



40540  電源船   
[2016.06.19 05:49Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月19日  日曜日

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木にも在る白桃を手に独り行く


                           永田耕衣
白桃は、エロティシズムの象徴です。これを手に独り行くとき、その足どりは浮かれているのか、それとも忍び歩きなのか。上五と中七では、白桃が存在している場所が違います。「木にも在る」白桃は、その花が結実して種を内包しています。枝にたわむ果肉は、虫鳥猿に食べられて、ポトリと落ちた種は地中に潜み、やがて新しい命の芽を生むこともあるでしょう。一方、「手に」持たれた白桃は、果肉を人間に食われ、種は、ゴミ収集車に運ばれて処分されます。「私が手にしている白桃は既に死んでいる 」。これを自覚しているゆえ、「独り行く」その歩みは浮かれてはいないようです。句集では、掲句の次に「白桃の肌に入口無く死ねり」があるからです。枝からもぎ取られた白桃は、自然界の循環の輪から切り離された「入口無」き存在でしょう。あらためて掲句を読むと、死を抱えて行くということは、単独な道行きなのだということがわかります。その足どりは、人さまざまでしょうが、浮かれ歩きではなさそうです。『非佛』(1973)所収。(小笠原高志)



40539  電源船   
[2016.06.18 14:10Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月18日  土曜日

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水澄し見る水の上水の中

                           そら紅緒
舞舞虫(まいまいむし)ともいわれるミズスマシ。ランダムな曲線を描きながら水面を忙しく動き回っている。じっくり見たこともないのであらためて調べるとなかなか興味深い体の作りだ。特に眼、二つの複眼はそれぞれ水中用と水上用に仕切られ計四つに分かれているのだという。掲出句を読んだ時は、水面から上を見たり下を見たりしながら進んでいるのかと思ったがそうではなく、あの素早さで動きながら水底も空も同時に見えているということだ。あらためて声に出して句を読んでみると、重なる四つの、み、と七七五のリズムに、想像もつかないミズスマシの視界を体感しているような不思議な世界に引き込まれる。作者は沖縄在住、句集名は沖縄の言葉で「蝶」のことである。『はあべえるう』(2015)所収。(今井肖子)



40538  電源船   
[2016.06.17 19:30Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月17日  金曜日

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 民芸品売りて軽鳧の子育てをり
                           前田倫子
軽鳧(カルガモ)は全国の水田、湖沼、川等で繁殖する留鳥である。冬には市街地の公園の池にもたくさんいる。顔は淡色で筋がありクチバシの先は橙色で足が橙赤色である。野生の鳥は警戒心が強いのが普通ではなかなか人間に懐つかない。しかし中には奇跡的に野鳥が人に懐いた例を耳にする。多くのケースでは雛に孵った時に人間を目にして懐いたという。観光地の民芸品を商う店の傍に池があり軽鳧が子を産んだ。店の主人はせっせと餌を与えたり鴉を追ったりして面倒をみている。ここでは人と野鳥が信頼関係でしかと結ばれている。無償の愛は通じるもんだと愚考する次第である。その他<翡翠の一閃したる神の滝><八月の忘れもの吊る海の家><薫風や全身で吹く大ラッパ>など。『翡翠』(2008)所収。(藤嶋 務)




40537  電源船   
[2016.06.16 05:47Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月16日  木曜日

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父の日の父と鯰の日の鯰

                           芳野ヒロユキ
身近にいてその存在すら日頃意識しない父への感謝の日。戦前の日本では親は今よりも権力を持っていたので父親は尊敬するのが当たり前そんな日は無用だったろう。戦後アメリカから日本に導入されたらしいが、定着は遅かったようだ。母親は子供に密着して嫌でも存在感があるが朝早く帰って来て夜遅く帰ってくる父親はテレビの前でゴロゴロしている姿しか思い浮かばない。沼の底深くじっと姿を消している鯰が「ナマズの日」なんて作られて沼の底から引っ張り出されてプレゼントを渡されても困惑するように父の日の父だって困っちゃうのだ。「お父さんありがとう」って言われてもなあ、、『ペンギンと桜』(2016)所収。(三宅やよい)


40536  電源船   
[2016.06.15 05:32Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp


6月15日  水曜日
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梅雨空に屋根職(やねしき)小さき浅草寺

                           玉川一郎
鬱陶しい梅雨空がひろがっている。参道から見上げると、浅草寺本堂の大きな屋根を修繕している職人の姿が、寺の大きさにくらべ小さく頼りないものとして眺められる。梅雨曇りの空だから、見上げるほうも気が気ではない。はっきりしない梅雨空に、屋根職の姿と寺の大きさが際立っていて、目が離せないのであろう。「屋根職」は屋根葺きをする職人のこと。先日のテレビで、せっかく浅草寺を訪れた外人観光客たちが、テントで覆われた雷門にがっかりしている様子が紹介されていた。気の毒であったけれどやむをえない。そう言えば何年か前、私が浅草寺を訪れたとき、本堂改修のためあの大きな本堂がすっぽり覆われていて、がっかりしたことがあった。ミラノの有名なドゥオーモ(大聖堂)を初めて訪れたときも、建物がすっぽり覆われていたことがあって「嗚呼!」と嘆いた。しかもそのとき、無情にも2月の雪が降りしきっていた。そんなアンラッキーなこともある。一郎には他に「杉高くまつりばやしに暮れ残る」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)



40535  電源船   
[2016.06.14 16:59Tue]
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6月14日  火曜日

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細胞はこゑなく死せり五月雨

                           髙柳克弘
五月雨は陰暦五月の雨、梅雨のこと。湿度の高さに辟易しながら、人は半分以上水分でできているのに…、人間は水の中で生まれたはずなのに…、とうらめしく思う。暑ければ暑いで文句が出、寒ければ寒いで文句が出る。声とは厄介なものである。しかしこの文句の多い体を見つめれば、その奥で、細胞は声もなく静かに生死を繰り返している。降り続く雨のなかでじっと体の奥に目を凝らせば、生と死がごく身近に寄り添っていることに気づく。新陳代謝のサイクルを調べてみると「髪も爪も肌の角層が変化してできたもの、つまり死んだ細胞が集まったものです(花王「髪と地肌の構造となりたち」)」の記述を発見した。体の奥だけではなく、表面も死んだ細胞に包まれていたのだ。衝撃よりもむしろ、むき出しの生より、死に包まれていると知って、どこか落ち着くのは、年のせい、だろうか。〈一生の今が盛りぞボート漕ぐ〉〈標なく標求めず寒林行く〉『寒林』(2016)所収。(土肥あき子)



40534  電源船   
[2016.06.11 09:22Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp




6月11日  土曜日

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十薬やいたるところに風の芯

                           上田貴美子
妹の犬の散歩に時々付き合うようになって半年ほどになる。早朝の住宅街をただ歩く、ということはほとんどなかったので、小一時間の散歩だがあれこれ発見があって楽しい。そんな中、前日まで全く咲いていなかった十薬の花が今朝はここにもあそこにもいきなりこぞって咲いている、と驚いた日があった、先月の半ば過ぎだったろうか。蕾は雫のようにかわいらしく花は光を集めて白く輝く十薬。どくだみという名前とはうらはらに、長い蘂を空に伸ばして可憐だ。いたるところで風をまとっている十薬の花と共に、どこかひんやりとした梅雨入り前の風自体にも芯が残っているように感じられたのを思い出した。他に〈透明になるまで冷えて滝の前〉〈人声が人の形に夏の霧〉。『暦還り』(2016)所収。(今井肖子)




40533  電源船   
[2016.06.10 17:01Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月10日  金曜日

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郭公の声に高原らしくなる

                           中村襄介
郭公は四月から五月にかけて南方から渡ってきて、夏が終わると南へ帰ってゆく。人間様もこれから夏休みに向かって非日常の世界へ飛び出したくなる。切符は青春切符、泊まりはホテルではなく民宿へ。あれやこれやと思いをめぐらせた結果涼しい高原へ向かうこととなった。「汽車の窓からハンケチ振れば~」歌を口ずさんだりして心晴れ晴れと、高原列車は走り車窓を満喫する。到着した山は緑、渓は透明、空気はオゾンに富んでいる。天気も上々であるが何か一つ物足りない。思っていた矢先に「カッコゥ」「カッコゥ」の鳴き声。これだ、郭公の鳴き声が加わり高原のイメージはとことん充足された。「朝日俳壇」(「朝日新聞社」2014年7月28日付)所載。(藤嶋 務)


40532  電源船   
[2016.06.08 18:26Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月7日(火)


高齢者講習窓の青葉かな



高齢者講習は午前中もあったようだった。アタシはまだぎりぎり74歳。午後2時10分から3時間の講習。最初16種類の絵を4種4枚見せられ覚えてこれらを解答用紙に列記していくのだが覚えたつもりが5種類しか出てこなかった。例えばナベやら椅子、チューリップやらトウモロコシ、機関銃なんてのもあった孔雀も。あたしゃ出てこないのが悔しくてクジャクは孔雀と漢字で書いたのだった。どうだ参ったか。しかし単純な絵の16枚を5枚しか思い出せなかったというのはなんと情けないことか。あー情けなや情けなや。こう書いていても6種類思い出せている。まだある琴牛ドライバー。そうか感じで覚えればよかったのだ。ドライバーはねじ回しといった風に。疑似運転したり目を凝らして輪っかの切れ目を探したり聴覚検査はありませんでした。最後は外に出て教習所内の運転コースのハンドルさばき。

こんなことでも3時間ひどくくたびれる。講習会というからわんさかたくさんの高齢者が受けるのかと思いきや一人の試験官というか付き人は3人までという決まりがあるようで二人だけの試験官、6人だけの講習でございました。無事終了証はいただけた。ゴールドであったなら引き続きゴールドは受け継がれるようでただ5年が3年になるようだった。明日貰って来ればわかる説明があるだろう。これで3年講習を受けずに済む。天皇陛下も先ほど更新を済ませたとこんな時に聞き及ぶ。

そして免許センターへ。これもいつも恵まれていると思うも歩いて15分。プールに行くほどの距離で免許センターはあるのでした。いつもこんなに混んでいるのだろうか。大きく書かれてあった案内に戸惑いそれでも免許交付までたぶん10分ほど。めでたくゴールドは引き継がれていました。すぐ前が子どもたちを送ってくる小学校。と中学高校。出たその足で眼鏡市場へ。

サングラスを作ったのでした。真っ黒けのいわゆるどう見てもこれぞサングラス。30グラムでちょっと重いま、仕方ありませんな。縛りだらげったから。

セキネさんが無理しないようにと、もうトシだから。とえーさんから伝言を貰う。まさにその通りです。今月で後期高齢者のお仲間になる。それと夜勤明けは足がだるい。なんでだろう。寝ながら待機しているだけでこれもエコノミークラス症候群かもしれない。かもかも。今日も200メートルがすっと泳ぐことができなかった。これもたぶんトシ。筋肉の回復が遅くなっている。エムゾエさんけじめと思い切というのは人間大事ですぜ。アンタもトシだ。往生際の悪い年寄りはみっともない。

更新した運転免許証とサングラス、〆て25800円也。

足裏にモーラス、ぶるぶるマッサで回復力の遅い足をもんでます。

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厨房メモ

真鯛のあらかあったので・200円 葱とキノコで鍋を作る。断ち切った骨が散在しているので慎重に下で探って食す。これってねいい雑炊になるのです。最後は安全のため網で越す。

40531  電源船   
[2016.06.08 18:24Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月8日  水曜日

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あめんぼをのせたる水のしなひけり

                           高橋順子
前書きに「六義園」とあるから、駒込の同園の池であめんぼを見つけて詠んだものと思われる。あめんぼ(う)は「水馬」と書く。関西で「みずすまし」のことを呼んでいたのだそうだが、「みずすまし」は「まいまい」のことであって別物とされる。あめの匂いがするところから、古来「あめんぼ(う)」と呼ばれてきた。古い文献に「長き四足あつて、身は水につかず、水上を駆くること馬の如し。よりて水馬と名づく」とある。水上を駆ける馬、とはみごとな着目と命名ではないか。重量のないようなあめんぼをのせて「水のしなひけり」という見立ては、細やかで唸らせる観察である。順子の俳号は泣魚。掲出句は夫君・故車谷長吉との“反時代的生活”を書いたエッセイ集『博奕好き』(1998)に「泣魚集」として俳句が78句収録されているなかの一句。他に「しらうおは海のいろして生まれけり」がある。泣魚は長吉らと連句もさかんに巻き、呼吸の合ったところを見せていた。例えばーー。(八木忠栄)


40530  電源船   
[2016.06.04 22:24Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月5日  日曜日

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娘を盗りに来し若輩へビール注ぐ

                           加藤喜代人
娘をもつ日本の父は、おおかたこんな気持ちを抱くのでしょう。この父は、朝から落ち着きません。ふだんは気にもとめない家の中の細かいところや家具の配置など、妙に神経質になっています。かといって、来訪者を歓迎しているわけではありません。なにしろ「盗り」に来るのだから、敵意は十分にあります。しかも「若輩」。闘えば、腕力では分が悪いけれど、積み重ねてきた人間力は遥かに俺の方が上だ。お前は、俺から本気で奪っていく覚悟があるのか。挑まれたら応じよう。ビールは、そんな父親の愚痴になって注がれます。この時、ふと、三十年前、妻の父から注がれたビールの音を思い出しました。あの音は、義父の心の濁流音であったのか、と。句からすこし外れましたが、娘の父も若輩も、ビールの味は苦かったことでしょう。『蘖』(1991)所収。(小笠原高志)


40529  電源船   
[2016.06.03 10:41Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

6月3日  金曜日

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葭切や葭まつさをに道隠す

                           村上鞆彦
葭切、特にオオヨシキリは夏場九州以北の低地から山地のヨシ原に渡来し、海岸や河口の広いヨシ原では多く見られる。おすは葭の茎に体を立ててとまり、ギョッギヨッシ、ギョッギヨッシと騒がしく囀る。その鳴き声から行行子(ぎょうぎょうし)の別名がある。ふと命の出し惜しみをして生きている吾身を反省する。最後に精一杯叫んだのは何時の事か記憶にない。甲高い鳴き声に一歩葭原に踏み入れてみても道は隠され、茂みの深さの為に中々営巣には近付けない。ただまつさをな葭原の只中に耳を聳てて聞き入るばかりである。因みにコヨシキリは丈の高い草原にすみ細い声で囀る。他に<花の上に押し寄せてゐる夜空かな><投げ出して足遠くある暮春かな><枯蟷螂人間をなつかしく見る>などあり。「俳句」(2013年8月号)所載。(藤嶋 務)


40528  電源船   
[2016.06.01 13:57Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
5月31日(火)


春大根名付けて三太郎とある



おいでん祭フォトコンの応募を商工公会議所へついでに近くのJAひまわりに立ち寄りキャベツ大根地産の小さきニンニクなど買っている。どさっとある中国のニンニクの不思議。しばらくすると形のまま中身が抜けていませんか。何したらあんなニンニクが作れるのか。あさりのおこわ 大福もち 地産コロッケ あなたそんなに食べれるの。

サングラス度付き10800円、とバナーが出てきた眼鏡市場へ行ってみる。サングラスがほしかった真っ黒いサングラス。入ってすぐの壁一面が10800円の広告のフレームと言われる。いつものことと言え、ならばとオーダーして広告にあるお値段で買えたためしはない。遠近歪曲と言うとどうしても縛りが出ますのでと提示されたお値段は18360円。アナタそれって広告と違うでないの。はい、どうしても縛りがございます。若い女性のスタッフの対応。あなた団鬼六知ってるんだこの子縛れるのうれしいうれしい。緊縛ショー。金粉ショーよりコーフンしまっせ。はい、縛ります縛りますと素直に言われたお値段で買い上げるスポーツサングラス。縄は付いてきませんでした。アタシね寝不足なのよ。

起終点駅・ターミナル を明け方観る。どうせ眠れない。世迷い人二人がフロアをさまよっている観始めて失敗する。暗くてつらい映画だった。静かに物語は進行するのでこの頃のアタシにはつらい。そして厄介なのはセリフが全く聴き取れないのだった。イヤホーンの音量Maxにしてもほとんど何も聞こえない。たぶん字幕があるだろう。リモコンを探ってあれこれボタンを押しやっと字幕が出る。しかしこの字幕が厄介で 電話の音 ドアの閉まる音 トントントン包丁でまな板をたたく音 汽笛が鳴る そんなことはどうでもよろしい。聴覚障害者のための配慮とはいえ細かすぎる。想像して捜索するという努力も必要ではないか。パタパタバタ風の音とかる。やり過ぎ。難聴というアタシも聴覚障害者にはちがいない。字幕が出ないことには邦画は観られない。煩わしい音響字幕にも慣れてきてそのうちストーリーに入っていくことができた。

ターミナルはトム・ハンクスの空港の中で寝泊まりする映画が・実話? がよかった。ターミナルっていえばこの映画でしょ。

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厨房メモ

隣の婆さんから掘りたてじゃがいも・メークインを頂く。

40527  電源船   
[2016.06.01 06:23Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
6月1日  水曜日

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馬洗ふ田川の果の夕焼(ゆやけ)雲

                           岩佐東一郎
今日ではほとんど見られなくなった光景である。田の農作業が終わって、暑さでほてり、汗もかいてよごれた馬を、田川で洗っている。その川はずっと遠くまでつづいていて、ふと西の方角を見れば夕焼雲がみごとである。馬も人もホッとしている日暮れどきである。ここでは「馬洗ふ」人のことは直接触れられていないけれど、一緒に労働していた両者の心が通っているだろうことまでも理解できる。馬だけではなく、洗う人も水に浸かってホッとしているのだ。遠くには赤あかと夕焼雲。「馬洗ふ」には「馬冷やす」「冷し馬」などの傍題がある。かつて瀬戸内海地方には陰暦六月一日に、ダニを洗い落とすために海で牛を洗う行事があったというが、現在ではどうか? 掲出句はその行事ではなくて、農作業の終わりを詠んだものであろう。詩人・岩佐東一郎には「病める児と居りて寂しき昼花火」がある。加藤楸邨には「冷し馬の目がほのぼのと人を見る」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)



40526  電源船   
[2016.05.31 06:18Tue]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

5月31日  火曜日

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植田から青田に変はる頃の風

                           名村早智子
数年前に流れていたエビスビールのコマーシャルに「日本は風の名前だけでも2000もある国です」というコピーがあった。2000という数字に驚くが、しかし掲句のように名称はないが誰もが明瞭に描くことができる風がそのうえまだある。西洋に「刈りたての羊に風はやさしく吹く」の言葉があるように、頼りなくそよぐ植田に風はなでるように通り過ぎ、元気いっぱいの青田には隅々まで洗い上げるように行き渡る。幼な子が子どもになるまでのほんの束の間、そのとっておきの風は渡る。それはまるで、太陽と大地を両親に持つ苗の健やかな呼吸が、清潔で、みずみずしく、明るい風になっていくようにも思われる。その時期だけの旬の食べ物があるように、その時にしか吹かない旬の風を胸いっぱいに満たしたい。ふらんす堂自句自解2ベスト100『名村早智子』(2016)所収。(土肥あき子)



40525  本日(5月30日)は、「『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)です。   
[2016.05.30 04:19Mon]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
 本日・5月30日は『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)です。4時頃から9時過ぎ頃まで、吉祥寺・中清【0422-21-2891】にて開きます。
 三々五々集まっていただくということで、構いませんので、みなさま、よろしくお願いします。

40524  本日(5月30日)は、「『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)です。   
[2016.05.30 04:18Mon]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
 本日・5月30日は『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)です。4時頃から9時過ぎ頃まで、吉祥寺・中清【0422-21-2891】にて開きます。
 三々五々集まっていただくということで、構いませんので、みなさま、よろしくお願いします。

40523  電源船   
[2016.05.29 23:19Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

5月29日  日曜日

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不器用は/如何なる罪ぞ/五月闇

                           鵜澤 博
静かに怒っています。手先の不器用さにではありません。自分が、あるいは目をかけている人が、人間関係に不器用なんでしょう。相づちを打てない。愛想笑いをしない。納得のいかない意見には同意しない。旧態依然の悪弊には従えない。この、真っ当な心根のどこが罪なのか、と問うています。ところで、五月闇は、梅雨時の夜、月明かりが厚い雲に隠された闇のことです。ここから、昼の闇にも汎用される使われ方もありますが、掲句の場合は心象風景の闇でしょう。かつて、受験勉強で燃え尽きた新入生は、学生生活にすぐにはなじめず、五月病にかかりました。五月闇は、同じ心のやみですが、それとはちょっと違った意味合いがあります。新入社員たちは新人研修を終えて、それぞれの部署に配属されました。そこには独自の社内ルールが適用されていて、一般常識からみれば到底受け入れることのできない掟に縛られていることもあるでしょう。その現実に直面したとき、純粋さは、不器用さとしてもて余されてしまう。21世紀を迎えても、湿潤な気候風土の日本の社会には、五月闇が存在しています。なお、句集の表記は、横書き三行分けです。『イヴ仮説』(2002)所収。(小笠原高志)



40522  電源船   
[2016.05.28 20:24Sat]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
5月28日(土)


収穫が毎年増える山桜桃梅



ホースで水をかけて蜂が出てこないか入念にチックする。一匹ふわりふわりと飛んで出てきたがハエたたきを取りに部屋に戻ったらいなくなっていた。蜂も素早く状況を感じ取ったようだった。介護用手袋2枚重ね、帽子首にはタオル、長袖のワイシャツのボタンをきちんと留める。ジャージの上着を羽織る。ランニングシューズ、追いかけて来たら逃げる算段だった。

恐る恐るボールとざるを下に当て熟してきた山桜桃梅をころころとつま弾くように採取する。どうか蜂さん攻撃してこないで、蜂さんの巣に用事があるのじゃないのです実を取りたいだけ。そんなことを唱えつつ実を採取する。見る見るボールはいっぱいになりどうやら蜂の巣はないようでとうとう頭を木の下に突っ込んで実をはじけだす。今年の山桜桃梅の高さは1.5メーターほど。枝分かれするので面積は大きい。実生でも挿し木でもつないで行けるようだ。

5キロのポリバケツ一杯、今年は3.6キロも採れたのだった。去年の倍だ。このままいくと来年は人手がいるかも。ホワイトリカー・合同が足りなくなりプールの帰りに2本買い足す。去年のレシピで今年はやや糖分を少なくする。一升瓶4本分だ。ことあるごとにひと様にも差し上げているのでいいぞう。もう一本ホワイトリカーをこの上につぎ足す。糖分が薄まるだろう。

夜勤明けの朝しか飲みませんがおいしいのです自家製山桜桃梅酒。

枝の天頂部分は野鳥のためそのままに。今朝も素早くヒヨドリがつつきに来ていた。ベランダに天蓋をかぶせ今年はシャッターで狙うつもり。うまくいくかどうか。明日は名古屋マスターズでできないから翌日から頑張ってみよう。初挑戦。これも盗撮? あはは。

ザ・マッカランの350ミリリットルというのをやまやで見つける。JR道中ちょうどいいかも。一本持つにはちと重い500ミリもいいのだけれど350というのは結構いいかも。舞妓撮影のための下準備飲むことばかり考えているのでした。

プールは軽く600と+100だけ。

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厨房メモ

ルビーのやうな山桜桃梅。

もともとは川上弘美のエッセーでそうかアタシもこの屋敷の庭に山桜桃梅を植えてみましょうかとした軽い気持ちの発端でした。それが今や酒造りのための収穫になってます。下枝は地に這うようにして大きくならない木なので楽。

明日は一応7時おき。8時出。

40521  電源船   
[2016.05.27 10:40Fri]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp
5月27日  金曜日

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目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹

                           寺山修司
鷹とは、タカ科の比較的小さ目のものを指す通称である。タカ科に分類される種にて比較的大きいものをワシ、小さめのものをタカとざっくりと呼び分けているが、明確な区別ではない。日本の留鳥としてオオタカ、ハイタカ、クマタカなどの種がいて、秋・冬には低地でみられる。冬の晴れ渡る空に見つけることが多いので鷹だけだと季語は「冬」の部である。荒野を目指す青春の空に大きく鷹が舞っている。五月のエネルギーが、羽ばたけ、羽ばたけと青年の心を揺さぶる。飽きずに眺める大空には舞う鷹、目をつむっても残像が舞っている。今この新緑の中に何かに魅せられた様に多くの青年達が旅立ってゆく。青年修司は二十歳で俳句を断ち別の思念へと旅立って行った。他に<恋地獄草矢で胸を狙い打ち><旅に病んで銀河に溺死することも><父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し>など修治の青春性が残されている。「俳句」(2015年5月号)所載。(藤嶋 務)



40519  【再送】「『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)を、5月30日【於、中清】に行います。」   
[2016.05.26 15:22Thu]
□久保隆 KD027084190062.ppp-bb.dion.ne.jp
 今年の『野の舟忌』(昶さんを偲ぶ会)は、5月30日(月)に行います。例年通り、4時頃から9時過ぎ頃まで、吉祥寺・中清【0422-21-2891】にて開きます。
 三々五々集まっていただくということで、構いませんので、みなさま、よろしくお願いします。

40518  電源船   
[2016.05.26 08:57Thu]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp

5月26日  木曜日

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噴水の奥見つめ奥だらけになる

                           田島健一
夏の季語の噴水といえば、水を噴き上げるその涼しげな姿を詠むのが定石。それがこの句は噴水の水盤の奥を見つめているのだろうか。変化をつけながら水しぶきを上げて舞う噴水の穂先の華やかさに比べ、落ちる水を受け止める黒っぽい敷石は水面の変化を受け止めながらも不変である。じっと見つめていると視界そのものが「奥だらけになる」見つめている側の感覚に引き込まれてゆくようで私には面白く感じられるが「噴水の奥ってどこ?」「奥だらけって何?」と戸惑う読み手も多いだろう。季語の概念にとらわれずに対象を自身の感覚で捉えなおすことは多数の俳人が詠み込んでゆくなかで季語に付与された本意本情と考えられているものをいったん脱ぎ捨てることでもある。共感を呼び込むには難しいところで勝負している句かもしれない。「オルガン」2号(2015)所載。(三宅やよい)


40517  電源船   
[2016.05.25 06:09Wed]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp




5月25日  水曜日

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陵(みささぎ)の青葉に潮の遠音かな

                           会津八一
前書に「真野」とある。佐渡の真野にある順徳天皇の御陵を詠んでいる。承久の変(1221)により、後鳥羽上皇は隠岐へ流され、その皇子である順徳天皇は佐渡へ流された。天皇は二十一年後、佐渡で崩御する。そういう歴史をもつ御陵を、八一は青葉の頃に訪れたのであろう。往時を偲ばせる木々の青葉が繁っている、その間を抜けて海の波音が遠くから聞こえてくる。それは遥かな歴史の彼方からの遠音のように聞こえ、八一の心は往時に遡り、承久の変に思いを致し、順徳天皇が聞いたと変わらぬ波音に、今はしみじみと静かに耳をかたむけるばかりである。八一の句は他に「灌仏や吾等が顔の愚かなる」など多い。上記いずれの句からも、私は新潟市にある会津八一記念館に掲げられている、凛として厳しさをたたえた八一の肖像写真を想起せずにはいられない。関森勝夫『文人たちの句境』(1991)所載。(八木忠栄)


40516  電源船   
[2016.05.22 19:42Sun]
□田田船 KD114019240021.ppp-bb.dion.ne.jp




5月22日  日曜日

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真清水や薄給の人偉かりし

                           田中裕明
目の前の真清水に見入っています。濁りなく、たゆむことなく、少しずつこんこんと透明な清水が湧きあがっている。そこに、地球のささやかな鼓動を見ているのかもしれません。この時、かつて、薄給を生きていた人を思い出しました。それは、父であり、父の時代の人たちです。給料が銀行振込になった1980年代以降も、給料が高い低いという言い方は変わっていませんが(例えば高給取りとか、高給優遇とか、低所得者とか、低賃金など)、一方で、給料袋を手渡されることがなくなったので、その薄さを形容する薄給という言葉は無くなりました。ところで、薄給という言葉には、清貧の思想が重なります。あぶく銭で儲けるのではなく、自分の持ち場を離れず誠実に役割を果たす。しかし、小さな成果だから、労働対価は微々たるもの。けれども、誠実な仕事人は、少ない給料を知恵を使ってやりくりして、無駄のない質素な生活を営みます。ゴミを出さず、部屋の中もすっきり整頓されて、ぜい肉もない。薄給を手にしていた人たちは、それが薄くて軽いぶん、むしろ、手を自由に使えました。針仕事をしたり、日曜大工をしたり、手料理を作ったり。今、真清水を目の前にして、生きものは、清らかな水があれば何とかなる、作者は、そんな思いを持った。『夜の客人』(2005)所収。(小笠原高志)




40515  電源船   
[2016.05.19 21:48Thu]
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5月20日  金曜日

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ほととぎす田の水は堰溢れつつ

                           中山世一
ホトトギスの仲間にはカッコウとかツツドリなどがいて、なかなか遠目には見分けがつきにくい。ただ鳴き声は「カッコーカッコー」とか「トウキョウトッキョキョカキョク」とか「ポポ・ポポ・ポポ」とかなり特徴が出て個性的である。九州以北に夏鳥として渡来し、枯枝や電線にとまり、翼を垂らし尾をあげてくり返して鳴くことが多い。また自分では巣を作らないで、オオヨシキリなどの他の鳥の巣に卵を産み込み雛を育てさせる。これを托卵(たくらん)といい、育てる鳥が仮親となる。気持ち良い風を渡らせて田には水が満々と張られて行く。堰を溢れた水は音を立てながら勢いよく走ってゆく。ほととぎすと言えば眼前は今まさに目には青葉の候、時ぞ今の様をなしている。その他<葭切の声飛び込んでくる三和土><崩れつつ白波走る端午かな><蛍光灯蛇の標本照しゐる>など、俳誌「百鳥」(2014年7月号)所載。(藤嶋 務)



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